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ヒルトップ農場へ その5

英国
09 /08 2018
英国旅行記の続き、ビアトリクスが本の印税と、叔母からの遺産を資金にヒルトップ農場を購入したのが1905年。それまでに既に6冊の絵本を出版し、そこから先ヒルトップ農場や、農場のあるニアソーリーが絵本の舞台として度々登場する。

と、これまでの大事な年号をおさらいをして、さて続きを。

ヒルトップハウスの2階は、寝室、宝物部屋、プライベートの居間、ニュールームの4つの部屋が公開されている。

まずは寝室へと足を踏み入れた。ベッドの横に置かれているのは「アメリカン・ウィンザーチェア(Windsor chair)」で、シェーカー教徒が1800年頃に作ったシェーカー家具。ビアトリクスはこれを「永遠に残すべきもの」と思うほど特筆すべき素晴らしい椅子。
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寝室の場面で真っ先に思い出すのは、『こねこのトムのおはなし』で、「悪いことしたこどもはベッドで寝ていなさい」と寝室に閉じ込められる場面に描かれたベッドを思い出す。

当然、この場面で描かれたベッドが寝室にあるのかと思いきや、さにあらず。『こねこのトムのおはなし』が出版されたのは1907年。寝室のベッドを購入したのは、ビアトリクスが結婚して住居をヒルトップハウスからカースルコテージに移り住んだ1914年頃。

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改めてベッドを見てみると、4つの柱で支えられた17世紀の湖水地方産 天蓋付きベッド(Four-poster bed)で、天井部分はひし形に彫られたパネルが16枚はめこまれ、へッドボード(Headboard)にも見事な模様の彫刻が掘られている。

ベッドの周りを囲うようにかけられている濃い緑色のダマスク柄生地のカーテン(Bed hangings)は、カーテン上部のレールが見えないように覆うヘッドクロス(Head cloth)もセットになり、そのどちらにも花柄模様が刺繍されている。

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この刺繍は、ビアトリクス本人が金襴ブロケード(今風に書くと、カラフルな絹糸)で刺したもので、「外にあまり出かけられない私にとって刺繍することは良い娯楽」と晩年70歳を迎える前より刺し始めたもの。

1914年以降の作品でベッドが描かれているのは『妖精のキャラバン』の口絵で、緑色のカーテンとお揃いの生地のヘッドクロスも描かれた天蓋付きベッドがある。まったく同じではないものの雰囲気はそっくりだ。

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さらにこの部屋の最大の特徴である壁紙は、ウィリアム・モリスのデイジー(ヒナギク)模様。他の部屋と違って、モールディングで仕切った上部にデイジーの壁紙、下の部分は同系色の模様無しと貼り分けている。

ビアトリクスはモリスの壁紙について「水彩画作品や写真など飾る場合にはとても不向きな壁紙、でも天蓋付きベッドの背景にはとてもふさわしい壁紙」と語った。

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パッチワークのキルトカバーはアメリカのもの。

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椅子といえば、冒頭の『こねこのトムのおはなし』で寝室に転がっていた椅子。寝室のベッドと反対側の壁、ブランケットチェストの脇に置かれている1700年代のウィリアムアンドメアリー様式の椅子は、座面が籐(cane-seated)を編み込んで作られたもの。もしかしたらこの椅子がと思ったら、絵本に描かれたものとは少し違っている。

後日、ナショナルトラストコレクション(←ここをクリックするとコレクションが見られます)から、絵本に描かれたそっくりな椅子(座面の膨らみ具合や背もたれのデザインなどから)を見つけた。座面がイグサで編み込まれた1800年代の椅子。ホークスヘッドにあるビアトリクス・ポター・ギャラリーにて展示されていることになっているが、入ってはいけない扉の向こうにあったので撮影できなかった。

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壁に掛けられたオウムと鴨の3枚の絵画をひとつの額に入れている作品は、サミュエル・ディクソンのグワッシュ画法で描かれた1750年頃の作品。この作品の裏にビアトリクスのメモ書きで「子どもも見ると思うからオウムの作品(真ん中)の上に描かれた蝶を取り除くべき」とある。確かに空を飛ぶ見た目がクラゲのような蝶で不思議な感覚に陥るので、最もな意見かも。

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ビアトリクス自身が刺繍したベッドカーテンとは別に、寝室には二つの「サンプラー」と呼ばれる刺繍作品がオウムと鴨の作品の両脇にかけられている。2016年、資料館のクリスマス企画展で「刺繍で親しむピーターラビットと仲間たち」をテーマで展示した際、このサンプラーについて紹介した。

サンプラー(280x270mm)は、手芸の技を磨くため、色々な柄やアルファベットを寄せ集めたデザインのことで、ビアトリクスはこれをどのような経緯で入手したのかまでは分かっていないものの、金色の糸のみで仕上げた縫い目がとても細かく、またモチーフの位置決めの正確さなどから仕上げた人の技術の高さが伺える作品。もうひとつのサンプラー(←ここをクリックするとコレクションが見られます)はさらに細かい手紙か書籍の一部を図案化したもの。

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暖炉にも素敵なエピソードが。

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1934年、ウィリアムはビアトリクスとの結婚21周年を記念し「W H B」の頭文字と「1934」の年号を刻んだまぐさ(暖炉上部の木製炉棚部分)を取り付けた。

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その炉棚に、1階の応接間でも見たスタッフォードシャードッグと呼ばれる置物、スパニエルが飾られている。真ん中にあるジャグは、スタッフォードシャ―の「The Farmer Arms」と呼ばれる水差し。

寝室はビアトリクスが気に入ったものだけでなく、それらに感化されて自ら刺繍したり、ビアトリクスのこの家に対する思いが一番こめられた部屋ではないだろうか。さてこの続きはまた次のブログにて。続きのブログをアップする間隔が段々長くなっているような(^^;

ヒルトップ農場へ その4

英国
08 /30 2018
さて、前回の続き、英国 湖水地方ニアソーリーにあるヒルトップ農場のヒルトップハウス内部見学。1階を見て回り、2階へとつながる階段にもたくさんのエピソードが。

ヒルトップハウスの2階へと続く階段(The Staircase)は、最初から取り付けられていたものではなく、途中で付け加えられたものだった。

17世紀末に建てられたヒルトップハウスは、玄関ホールに小さな螺旋階段(spiral staircase)が取り付けられていた。

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18世紀、現在の階段部分が増築され、途中に踊り場がある折り返し階段に付け替えられた。階段の手すりは緩やかにカーブし、手すりを支える手すり子は、シャープな角材の間に木材を回転させテーブルの脚のように丸く削りとられた手すり子が並ぶ、とてもエレガントな手すりがつけられた。

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階段の折り返し部分にある踊り場は、畳一畳分ほどのスペースがあり、手すり子と同じように丸く削りとられた木材で仕切られた柵があり、外壁部分に高さ2メートルはあろうかと思われる格子の枠がはめ込まれたガラス窓より、薄暗い玄関ホールに明るさを届ける。

ビアトリクスは、階段の踊り場から玄関ホールまで明かりが射しこむ大きな窓と、エレガントな手すりがついた階段を気に入っていた。

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『ひげのサムエルのおはなし』の冒頭、タビタお母さんがトムを探している場面で階段が描かれた。この場面でタビタお母さんの後ろに描かれたのは、踊り場に設置された「ロングケース・クロック」。

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ロングケース・クロック(Longcase clock)は、高さ2メートル50センチあり、現在はホール・クロックと呼ばれる振り子時計で、アメリカの呼び名はグランドファーザー・クロック。18世紀のショーフィールド社(Schofield)のもので、ビアトリクスは「時計の音はゆったりとした心臓の鼓動のよう」と、結婚後住居をカースルコテージに移してからも「古い家が寂しくないよう付き添いに行く」と、毎日のようにヒルトップハウスに出かけたそうだ。

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大きな窓の前に19世紀初頭に活躍したイタリアの彫刻家ピエトロ・マーニ(Pietro Magni)の「本を読む少女」の摸刻像(本物よりひと回り小さいサイズ44x27センチ)が飾られている。この像の飾り台としてビアトリクスが使用したのは、「棺(coffin)」と呼ばれる17世紀のスツール(coffin stool)。

「地元で棺桶をスツールの上に載せ、そのスツールのことを棺桶スツールと呼ぶ」ことから、そんな名前がつき、スツールを使用するのはご遺体をネズミから守るための風習が残っていることからだそうだ。座面の四方が折りたためる長方形の椅子のことで、彫像の下のスツールも見逃せない逸品(珍品?)だ。

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踊り場の窓より眺められるニアソーリー村の景色。ビアトリクスも何度となく眺めたであろう場所に自分が立っていると思うだけで感慨深い。

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階段を上った先は、『ひげのサムエルのおはなし』でサムエルがめん棒を転がし運ぶ場面に描かれた。

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そうそう話が前後するけれど、めん棒の前にバターも失敬したサムエル。こちらは階段の上り口部分が描かれ、大きな窓から射しこむ光が眩しい中、ネズミの通路を通らずにふてぶてしく階段を上るサムエル。

『ひげのサムエルのおはなし』はヒルトップハウスの内部が詳細に描かれていて、私達訪問者を絵本の世界へといざなってくれる。さらにこの続きはまた次のブログにて。

ヒルトップ農場へ その3

英国
08 /09 2018
ヒルトップ農場にあるヒルトップハウスは、どこもかしこも絵本の舞台として描かれ、時が止まったかのように感じる空間が広がる。ラッキーなことに今回で3回目のヒルトップ、少しは落ち着いて見学できるかと思いきや、憧れの地に足を踏み入れることができ興奮して動悸が抑えきれず、旅行前に予習したというのに本番で頭が真っ白になってただただ夢中でシャッターを押し続けた。

文章に書いた説明通りに写真撮影ができていない言い訳を最初に書き記し、このひとつ前のブログ記事、ヒルトップの玄関ホールの続きから。

玄関ホールに続いては、隣の応接間(The Parlour)へ。

玄関ホールよりさらに小さな部屋で、部屋の両側の壁はパイン材を張り部屋の調度品や扉との調和が保たれている。

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この部屋ですぐに目を奪われるのは、大理石でできたアダム様式の暖炉。この暖炉はビアトリクスがヒルトップ農場を購入後に設置されたもので、特別な部屋という印象を与えてくれる。

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暖炉の上にあるのは、スタッフォードシャードッグ(Staffordshire dog)で、犬が口にウサギを咥えたグレイハウンドの置物。こうして暖炉の上に対で飾るのがヴィクトリア朝で流行り、別名「暖炉犬(fireplace dog)」とも呼ばれるほど。
その置物の間にあるのは、メイソンズ(Masons)のアイロンストーンシリーズの両手マグ。17世紀後半ヨーロッパで人気のあったシノワズリ(中国趣味)を、英国の名だたる窯がこぞって取り入れ、様々な紋様が生産された。ビアトリクスも、玄関ホールや応接間に飾るほど、お気に入りだった様子がうかがえる。

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壁に直接かけられているのは、ウェッジウッドの牡丹(Peony)柄プレート。プレートの色合いが、部屋の壁や家具との調和して本当に素晴らしい。また、ヒルトップガーデンに植えられているのはシャクヤク(Peony)で、牡丹の花と美しさはどちらも変わりない。『こねこのトムのおはなし』でもシャクヤクが描かれている。

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インテリアは、アンティーク家具の代名詞ともなっているマホガニー材で、暖炉の横にあるクロウ&ボールというオリエンタル調の脚がついた19世紀の折り畳み式カードテーブルと、部屋の真ん中にある丸いテーブルはチッペンデール様式のマホガニー三脚テーブル。椅子はフレンチ様式の布張りチェア。

ビアトリクスは18歳の時に日記で「私が家を持っていたなら、アンティーク家具を買うのに。ダイニングルームはオークの家具を置いて、絵を描くための部屋はチッペンデール様式の家具」と書いている。

1905年ビアトリクスは39歳でマイホームを手に入れ、玄関ホールの家具はオーク材で、応接間はチッペンデール様式と、日記に書いた通りに実行し、その行動力には改めて驚かされる。

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応接間の壁に取り付けられている吊り食器棚の中に、1902年エドワード7世戴冠式を記念したコロネーショングッズ(英国王室お祝い記念グッズ)のティーポットがあり、『パイがふたつあったおはなし』でリビーがお茶を振る舞う際に描かれたもの。

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ポットの蓋の部分が王冠になっている

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ビアトリクスが収集した書籍が並ぶ本棚の一番上に、ジョン・ピールのマグが展示されている。これは1935年、ジョージ5世即位25周年で、ニアソーリーの隣ファーソーリーにあった学校が記念行事を行う際、学校へビアトリクスが寄付したもの。


マグに描かれた人物、ジョン・ピールは、キツネ狩りが好きな農民で、その逸話をマザーグースのメロディにのせて歌ったことで多くの人に知れ渡ることになった。このマグには、ゼンマイ仕掛けのオルゴールが付いていて、マザーグースのメロディが流れる限定生産のもの。この学校が1960年に廃校となり再びヒルトップに展示された。
ビアトリクスは『妖精のキャラバン』の第17章に馬車馬の歌としてジョン・ピールの歌を書いている。

応接間は、自分の夢を叶えた自分へのご褒美のような素晴らしいインテリアに囲まれたビアトリクスにとって至福の部屋だったに違いない。

ヒルトップ農場はまだまだ続きます。この続きはまた次のブログにて。

ヒルトップ農場へ その2

英国
08 /02 2018
ビアトリクス・ポターの聖地を巡る旅は、いよいよヒルトップ農場へと足を踏み入れることができた。

見学できるのは、ヒルトップハウスと、ガーデン、ショップの3カ所。農場部分は柵で仕切られ立ち入り禁止だが、現在も羊などを飼育し農場を経営している。ここで飼育されている羊は、ビアトリクスが種の存続に尽力したハードウィック種と思われがちだが、ハードウィック種は高地向きの品種の為ここではあまり見かけない。

この場所は例え初めて訪れてもどこか懐かしく感じる場所に違いない。何故なら、そこかしこに絵本で見慣れた背景が見られるから。
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まずは小径から。ヒルトップハウスまでのアプローチとなる小径は、『こぶたのピグリン・ブランドのおはなし』に登場する。

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エントランスポーチは、『こねこのトムのおはなし』や、
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クリスマスカードデザインとしても描かれた。

ヒルトップハウスは、17世紀に建てられたファームハウスで、天井が低くく、それぞれの部屋はそれほど広くない。玄関ホールは玄関扉を入ったすぐの部屋で、湖水地方に住む農夫は「ファイアハウス(firehouse)」とか「ハウスプレース(Houseplace)」と呼ぶそうだが、ビアトリクスはここを「玄関ホール(The Entrance Hall)」と呼んでいた。

玄関ホールの灯りは、玄関扉の横にある大きな出窓から差し込む日差しだけで、夜はキャンドルライトの生活。といっても、多忙を極めるビアトリクスがヒルトップハウスで過ごせるのは1年の内でも数か月ほど。結婚後は住居をカースルコテージに移した為、灯りに関してはそれほど不自由はしなかったかもしれない。

公開されているヒルトップハウスは、窓からの日差しと間接照明替わりにテーブルランプが何カ所かに設置されている。しかし部屋の暗さは相当なもので、カメラの撮影が許可されたものの、上手に撮影するのは難しかった。
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ビアトリクスはゼラニウムを植木鉢で育て、霜が降りる季節が訪れる前に部屋の中へ入れていた。ゼラニウムの鉢は、『こねこのトムのおはなし』で玄関扉横の出窓に描かれ、『ピーターラビットのおはなし』でマグレガーさんの畑にある鉢を3つもひっくり返し、そして三度『フロプシーのこどもたち』に描かれた。

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『パイがふたつあったおはなし』で、リビーの玄関扉に描かれたドアノッカーは、玄関ホールの暖炉のある壁の向かって左側の扉にかけられているデーモンキャットのドアノッカー。これと同じものを河野先生が探し当て、概観がヒルトップハウスにそっくりなビアトリクス・ポター資料館の調度品も本物に着々と近づいている。

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玄関ホールの暖炉は、『ひげのサムエルのおはなし』でこねこのトムが隠れる場所。

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暖炉の前の敷物は、布の端切れを何枚も重ね合わせたラグ(Rag Rug)で、湖水地方に昔から伝わる伝統的な敷物。暖炉の上に並べられた真ちゅう製の馬具の装飾金具ホースブラス(Horse Brass)は魔除けのような意味合いもあり、英国ではこのように暖炉に並べて飾ったりした。

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『ひげのサムエルのおはなし』でアナ・マライアがねり粉を失敬している場面、タビタお母さんは「そのねずみ、どっちへいった、モペット?」と聞きますが、モペットは怖くてどっちに逃げたか見ていませんでした。

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アナ・マライアが走り去った先にネズミ穴(mouse hole)を発見!
ビアトリクスがヒルトップ農場を購入した際の最初の困った問題は、ひげのサムエルやアナ・マライアたちが厚い壁の隙間をすり抜け、煙突をかけのぼり、床板の下を走るなどということが起こり、ビアトリクスは「ネズミが96匹いた」とカウントするほどだった。

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ビアトリクスの父、ルパートがデザインした鳥や動物の図案が描かれた絵皿。この絵皿の内、6枚が日本にやってきて、1年以上かけて「ピーターラビット展」で展示されていた。ヒルトップハウスに展示されていたものが、この場を離れることなど有り得ないのに奇跡が起きた。こうして再び全部揃った状態で見ることができるなんて原画展での感動がよみがえる。

ヒルトップハウスの玄関ホールに足を踏み入れただけなのに、そこかしこに広がる物語の数々。続いては玄関ホールの隣の部屋、応接間へ。この続きは次のブログにて。

ヒルトップ農場へ

英国
07 /31 2018
マウンテンゴートのミニバスが朝8時40分、前日伝えた通り10分早く迎えに来てくれ、ニアソーリーのヒルトップ農場を目指した。

ボウネス散策の記事でも書いた通り、予定していたウィンダミアフェリーは運航中止のため、ウィンダミア湖を左側に眺めつつ北上し、湖の北側を回って対岸方面へと移動、ビアトリクスが世界で一番美しいと謳ったエスウェイト湖を右側に眺めながらニアソーリーへと向かう。

運転手のデレック氏は、ビアトリクスについての知識も深く、途中通過する「ブロックホール(Brockhole)」や「レイカースル(Wray Castle)」について説明してくれた。もちろん英語なので言葉尻の単語を拾うぐらいしかできなかったけれど。

ブロックホールは、ビアトリクスの従兄弟ガッダム家が暮らした屋敷で、ビアトリクスも度々ここを訪れていた。現在ビジターセンターとして家族で楽しめるアクティビティ施設となっている。

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湖の向こう側に見える要塞のように見える建物がレイカースル

レイカースルは、ビアトリクスが初めて湖水地方に訪れた際に滞在した屋敷で、デレックが「カウントダウンを始めたら対岸にレイカースルが見えるぞ」と合図し、みんなで左側の窓に注目していたら「3,2,1」「オーーー」と、一瞬だったけど要塞のような建物が見えた!

デレックのおかげで「ウィンダミアフェリーに乗れなくて残念」という気分は木っ端みじんに砕け散り、彼の活きな計らいに専用車内は笑いに包まれた。

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細い道のカーブの手前で必ず対向車を待ち右手を挙げて合図する

専用車はウィンダミア湖の一番北ウォーターヘッドに差し掛かり、そこからより細い道へと入っていった。デレックは紳士なのでカーブの手前では必ず「先に行け」と手で合図を送り、その際運転手同士必ず片手を挙げての挨拶も欠かさない。

やがてブラセイ川(River Brathay)に差し掛かり、「二つの川が合流する地点で大変美しい川」と言われた通り、本当に美しい川だった。できればどこかに車を停めてしばらく川の流れを眺めていたかったが、先を急ぐ旅なので致し方ない。

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私の大好きな湖水地方の景色のひとつ、作業小屋越しのエスウェイト湖

やがてエスウェイト湖に差し掛かり、デレックの声も一段と大きくなり「エスウェイト湖だよ」と。そしてまさかのあの景色が再び目の前に現れた。2003年、2回目の英国旅行で見た夢のような景色、もうこの景色に出会うことはないだろうと思っていた景色がまた現れ、「なんて素晴らしい景色なんだろう」とその時に感じた同じ思いがこみあげてきた。

専用車はやがてニアソーリーへ。時刻は9時30分、ボウネスにある宿から50分、ヒルトップ・ハウスのオープン30分前に到着できた。

ぐるっと遠回りのように感じたけれど、ウィンダミアフェリー乗り場で渋滞することを思えば到着時間はさほど変わらない。

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ヒルトップのバス停

ヒルトップ農場の目の前、ここは「ヒルトップ」と示すナショナルトラストのマークがある場所に、これまでなかったバス停が設置され、ピーターのシルエットが可愛いフォトスポットになっていた。

このバス停は、マウンテンゴートが運営するバス「525ファーソーリー(Far Sawrey)~ホークスヘッド(Hawkshead)」で、ヒルトップバス停にあるもの。バスは10時20分始発で40分間隔で運行されている。

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チケットオフィス(ヒルトップ農場の少し離れた場所にある)

ヒルトップハウスのチケット売り場は並んでいる方が少しいるだけで、河野先生は1番乗りだった。私達も列に並びチケット売り場がオープンするのを待つ。ヒルトップハウスの入場でJTBの現地スタッフより気になる情報があり「ヒルトップハウスの団体入場は予約が必須」とのこと。

ヒルトップハウスの団体入場について、ツアーで訪れる場合は必須になっているらしい。前日、私達がまだ予約していないことを確認すると、JTBスタッフが予約の電話を入れ、団体予約コードを入手してくれた為、事なきを得る。
こういう部分が素人とプロとの差!オリジナルツアーとはいえ、素人が作成したプランを細かい部分までチェックしてくれて有難い。

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9/2まで 10時~17時30分 休日無し
9/3~10/28まで10時~16時30分 金曜日定休
入場料 10.9ポンド

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ヒルトップ農場の入口
目の前の建物はヒルトップのお土産ショップ

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ヒルトップの小径を進んで

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ヒルトップハウスへ

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タイムチケット制 10時入場チケット
ヒルトップハウスの扉を入った先でチケットを確認。時間のところにチェックを入れてチケットは返却される。

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ビアトリクスがヒルトップハウス前で撮影した同じ構図で、手には事前に用意した麦わら帽子を持って撮影。

これまで、ハウスとガーデンは同時に入場できなかったし、定休日も設定されていたので、オープンしている曜日に合わせてプランに組み込まなくてはいけなかったのが、それらすべて取っ払われオンシーズンはいつでもオープンしていることに感謝の気持ちで一杯だった。

何よりも嬉しい出来事は、ヒルトップハウス内の写真撮影が許可されたこと!!!

2016年のビアトリクス生誕150周年を記念して、ヒルトップハウスはもとより、ホークスヘッドのビアトリクス・ポターギャラリーも写真撮影が許可された。これまで頑なに拒否され続けた愛しい人がようやく振り向いてくれたような、待ちに待った瞬間が訪れた。

この続きは次のブログにて。

コックショット岬(Cockshott Point)

英国
07 /25 2018
コロコロと変わる天気予報に翻弄されながらも、早朝天気が良いのはこの日だけだったので、朝6時にラウンジに集合しコックショット岬まで散策することにした。

天気は予報通り晴天で、朝ゆっくり寝ていたい方のために自由参加にしていたものの、全員参加となり意気揚々と出かけた。

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コックショット岬は、ボウネスの町中よりウィンダミア湖畔沿いへ徒歩で約30分弱のところにある朝の散歩には打ってつけの場所。かといって特に観光のための施設がある訳ではなく、ただ美しい湖畔沿いの景色が見られるだけ。

しかし、この場所はビアトリクスファンにとっては聖地のひとつで、ナショナルトラストがこの地を管理している。

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コックショット岬に向かう途中出会ったコマドリ。私達を歓迎しているかのように見守ってくれた。

ウィンダミア湖のフェリー乗り場の近くにあるコックショット岬は、ナショナルトラストが土地を取得する前、二度違う所有者に取得されそうになった。

一度目(1911年)はウィンダミア湖に水上飛行機の飛行機工場を建設しようとした業者で、この時はビアトリクスも積極的に反対運動に加わり署名を集めて奔走した。

二度目(1927年)は開発業者に渡る前にナショナルトラストが土地を取得しようしたが資金が足りず、ビアトリクスがピーターラビットの挿絵を50枚描き、それをアメリカの出版社が協力する形で販売し資金を得て、ナショナルトラストが土地を取得した。

こうしてナショナルトラストの管理地となったコックショット岬は、ビアトリクスが守った土地と言っても過言ではない。ビアトリクスが守りたかった景観そのまま美しい湖畔沿いの静かな散歩道になっている。

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大東文化大学 文献目録2018 原画コレクションに掲載されている「Peter Rabbit and Family」

ビアトリクス・ポター資料館の原画コレクションのひとつに、コックショット岬の景観を守るためにビアトリクスが描いた50枚の内の1枚が所蔵されている。そこへ資料館の皆さんと一緒にその場所へ向かっていると思うと感慨深い。

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場所は、レイク通り(Lake Road)からグレイヴ通り(Glebe Road)に入り、ウィンダミア湖に向かって進み、コックショット岬の道標の先を曲がるとすぐにナショナルトラストのロゴマーク「コックショット岬」が見える。

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マークの手前にあるゲートは、開けたら必ず閉めるフットパスのゲート。

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コックショット岬の正面に見えるのはウィンダミア湖最大の島、ベル島(Bell Isle)

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観光地のど真ん中に静かな森が広がるコックショット岬 岬に沿ってフットパスがフェリー乗り場までつながっている

ウィンダミア湖に岬(Point)と名称がつく場所は7カ所あり、コックショット岬の対岸にコートラップ岬(Coatlap Point)、対岸の湖畔沿いを北へ進むフットパス沿いにピンストーン岬(Pinstone Point)など。
コックショット岬は、ボウネスからのアクセスの良さ、フェリー乗り場の隣に位置し、ヨットハーバーに挟まれた場所にあることからリゾート開発の地に選ばれたのだろうか。もし開発されていたらまた違った景観となり、このような美しい湖畔の景色ではなかったに違いない。

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コックショット岬に広がるコックショットの森に差し掛かると、ツグミ(Thrush)が美しい声で鳴いていた。

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そして再びコックショット岬のフットパスゲートに近づいた時、アナウサギが姿を見せてくれた。アウサギも私達とばったり出会って急いで逃げ出し、後ろ姿しか撮影できなかったけれど感動のご対面。

英国のそこらじゅうで見ることができるアナウサギの数が、凄い勢いで減っているというニュースを河野先生から聞いたばかりだったので、この出会いもビアトリクスがコックショット岬を守ってくれたおかげかもしれない。

1時間半ほどの朝の散策の後、宿では朝食の準備中だった。湖水地方で迎える2日目の朝、朝食を食べた後、依頼通り10分早く到着した専用車に乗り込み、2日目に予定していたプランが始まる。この続きは次のブログにて。

ラピータ

ピーターラビットの生みの親ビアトリクス・ポターの愛好家で、作品について、開催されたピーターラビットのイベントやグッズ紹介、ピーターラビットの故郷英国について紹介するホームページ「ラピータの部屋」のブログです。
ブログに掲載している写真はすべて転載禁止です。