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ヒルトップ農場へ その7

英国
11 /07 2018
マイペースなのんびりした更新ペースですが、引き続きお付き合いください。

英国旅行の続き、ヒルトップハウスの2階、宝物の部屋の隣、プライベートリビングへ。

1階の応接間ほど堅苦しくなく、家族や親せき、親しい人と集いリラックスする部屋として利用されたとか。

部屋の大きさは、6畳間ぐらいで、四方の壁に絵画が何点も飾られている。絵画は、宝物部屋がファンタジーの作品が多いのに比較して、この部屋の作品は山や海の景色を描いた風景画が多い。その中に混じって弟バートラムの作品も飾られている。

uk183.jpg ピアノの真上に飾られているのは、ビアトリクスが大好きだった弟、バートラムの作品「夕焼け空にガチョウの群れ(A Sunset with a Flight of Geese)」

このピアノは、ムツィオ・クレメンティ社(Muzio Clementi and Co.)が1810年ロンドンで製造したマホガニー製のスクエアピアノで、鍵盤数は68、弦は斜めに配置されている。このピアノは、ヒーリス家からやってきたものらしく、蓋の裏に「E.H&M.H」と年号がひっかき傷のように刻まれている。

日本最古のピアノもメーカーは違うものの、英国製のスクエアピアノだそう。
山口県 熊谷美術館 日本最古のピアノが展示されている美術館

ピアノを支える脚は、ぐるぐる螺旋状にねじられるバーリーシュガーツイスト(Barley Sugar Twist)風のデザインで、音楽を楽しむだけでなくインテリアの一部としても楽しめるもの。

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出窓に目を向けると、『こねこのトムのおはなし』でよそゆきのエプロンを着たミトンとモペットの姿が。そうこの部屋でトムたちは身支度を整えたのだ。どうしてこの部屋と分かるのかというと、、、

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描かれた挿絵と置き場所が相違(挿絵は出窓の右側、実際は左側)するものの、マホガニー製の箪笥の上にある置き鏡が描かれた。この鏡は、曾祖母アリス・クランプトンの形見で、引き出し部分に象牙の取っ手がついた1850年頃のもの。

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暖炉のそばにあるマホガニー製の刺繍枠、スクロールフレームは、1830年頃のもので、ビアトリクスが指しかけの刺繍がそのままつけられている。

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炉棚にあるのは、ロイヤルクラウンダービーの1878年の花瓶が対に飾られている。美しい白磁で台座の部分にシルエットが刻まれたもの。絵画は、ウィンダミア湖のアンブルサイド側ウォーターヘッドから見た景色を描いた1800年頃の作品。

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この部屋のひときわ大きな書き物机付き書棚は、1770年頃のマホガニー製で、高さは天井ぎりぎりの213㎝。この書棚はビアトリクスが初めて購入したアンティーク家具で、ビアトリクスの死後、カースルコテージよりこの部屋へ運びこまれた。

uk190.jpg 書棚の真ん中に、日本で開催された原画展に展示された黒い服と赤い服を着たお人形(原画展図録P194参照)が飾られていた。お人形の前にあったのは、原画展でも使用された「ブルーウール(The Blue Wool Scale)」で、積算照射量で色が変わる特別な試験紙だ

uk191.jpg 一番下の段にあったウェッジウッドのグリーンラインが入ったナーサリーウェアコレクション(原画展図録P201参照)と、グリムウェイズのチャイルドウェアコレクション(原画展図録P202参照)も原画展で展示されたもの。
この書棚の中の半分以上が日本にやってきていたなんて本当に信じられない。

グリムウェイズの食器セットの真ん中や、左側の端にある卵入れに、ビアトリクスが装飾したイースター(復活祭)で使用する卵転がしレース「ペースエッグ」が飾られている。ビアトリクスは村の子ども達のためにペースエッグ用の装飾をしたそうだ。

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この部屋にあるアンティークチェアは3種類。
ピアノの前にある椅子と、書棚の左右にある椅子は、背もたれが麦の穂を束ねたような形をしているところから「ウィートシーフバッグ(Wheat-Sheaf Back)」という椅子。
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ピアノの左側にある椅子は、繊細な透かし模様が彫刻された「リボンバック」という椅子。3種類共1770年頃のマホガニー製で、赤茶色の美しい色をしていた。

ビアトリクスの写真もたくさん飾られ、プライベートルームに足を踏み入れた感覚をより一層深める部屋でもある。ヒルトップハウスもいよいよニュールームを残すのみ。この続きは次のブログにて。

ヒルトップ農場へ その6

英国
10 /03 2018
英国旅行の続き、ヒルトップハウスの2階、寝室の次は宝物部屋へ。

宝物部屋(Treasure Room)は、4畳半ほどの小さな部屋。ここにビアトリクスの大好きなグッズが収められている。ビアトリクスは、ここで大好きなグッズに囲まれ、棚より取り出しては眺め楽しみ、イマジネーションを膨らませ、そして再び現実へ立ち向かう気持ちを奮い立たせていたのだろうか?

宝物を見て行く前に、ビアトリクス自身の収集歴について振り返ると、有名な話として10代の頃、昆虫採集で集めた虫たちをスケッチし標本にした。顕微鏡を用いて蝶の翅(はね)の花びらのように見える鱗粉(りんぷん)をひとつ、ひとつ丁寧にスケッチした作品も残されている。

キノコに夢中になっていた頃もあれば、化石や貝殻などを見つけ自然研究家としての興味から収集して描いた。

また別の側面から見れば、ビアトリクスは古きよきもののコレクターとして名をはせても良いぐらいのコレクションを所有している。

それぞれの部屋に配置されているアンティーク家具については既に紹介しているとおりで、それら家具に収められている陶器やフィギュアなども18世紀から19世紀初頭にかけてのものが集められている。

1階のエントランスホールにある白地に藍色の青花(せいか)磁器の大皿は、中国 景徳鎮の窯より生み出されたもので、17世紀に入りヨーロッパで大変な人気を博し盛んに輸出されたもので、これら青花磁器は大小合わせて11枚あった。
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そして、エントランスホールの暖炉に飾られている様々なホースブラス(棚の下ぶら下がっているもの)に加え、ロイヤルドルトンの水差しやマグ(棚の上、左から3番目、4番目、6番目がロイヤルドルトンの水差し、7番目、8番目がロイヤルドルトンのマグ)など。
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水差しは、水や酒類の容器としてでなく、水差しと「ボウル(Bowl)」と呼ばれる大き目のボウルを洗面ボウルのように、顔や手を洗うのに使用したことだろう。そう『こねこのトムのおはなし』でトムたちが顔を洗うみたいにね。
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また、現在のヒルトップでも水差しを花瓶のように使用されていたが、ビアトリクスも庭の花を摘み、水差しを用意して花瓶として利用していたことだろう。それにしても水差しの種類と数に驚く。

応接間の棚は、既に紹介した水差し以外にもまだたくさん並べられていた。大き目のマグも水差しと並べると花瓶代わりに使えそうだ。
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食器に関しては、きちんと戸棚に収められているからそれほどたくさんあるように思えないが、これまた隙間なく収められているので全部並べたら相当なコレクションであることは間違いない。

これらの食器は、ブランド名が分かるものだけでもそうそうたる顔ぶれで、英国4大名窯と呼ばれた「ミントン」、「ロイヤルウースター」、「スポード」、「ウェッジウッド」はもちろんのこと、「ロイヤルドルトン」、「ロイヤルコペンハーゲン」、「ロイヤルクラウンダービー」、「マイセン」など、ビアトリクスが生きていた時代に既にアンティークと呼ばれた100年前の食器を収集しているものだから、これら有名ブランドのアンティーク食器好きには垂涎の的であることは間違いない。

さらに、17世紀より19世紀までヨーロッパで人気を博したのは、中国風デザインを用いてヨーロッパで作られた陶器で、これらを「シノワズリ(フランス語Chinoiserieが語源)」と呼び、ビアトリクスもボウルや小皿などシノワズリの食器を多数揃えている。

1階応接間の食器棚。一番上の段に1770~1800年のシノワズリのボウル、二段目に1800年代ロイヤルクラウンダービーのティーポット、三段目に1800年代のロイヤルコペンハーゲンの大皿、下の段の真ん中に1710年シノワズリの大皿、その両脇に1840年のスポードの深皿。
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英国紅茶の歴史によると、1740年代を境にそれ以前は「ティーボウル」というカップにハンドル(取っ手)部分がない器で紅茶を飲んでいた。しかしそれ以降、テイーボウルにハンドルが付き、現在のカップ&ソーサーとなる。ヒルトップは、そんな紅茶の器の移り変わりとして、ティーボウルもカップ&ソーサーもそのどちらも見ることができる。こうして改めて応接間の食器棚を見ると、ニ段目の手前にある小ぶりボウルがテイーボウルで、三段目にカップ&ソーサーがある。


ビアトリクスのコレクション歴を少し垣間見たところでいよいよ宝物部屋を見てみよう。この部屋で一番に目が奪われるのはドールハウスだろう。
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このドールハウスは、『2ひきのわるいねずみのおはなし』に描かれたものではないが、パネルの開口部が閉じられ中はよく見えないものの、この中におはなしに描かれたキッチンテーブル、椅子、ナイフやフォークなどのカトラリー、フライパン、料理用レンジ(暖炉)、暖炉用火ばさみ、シャベル、フライパン、アイロン、鍋、やかん、ゆりかご、鳥かご、ブラシとちりとりなどなど。おはなしに絵が描かれたミニチュアパーツがこのドールハウスに収められている。もちろん、トム・サムとハンカ・マンカがめちゃくちゃにした石膏でできた食べ物、ハムや果物も。

ドールハウスの窓からのぞくと赤ん坊のゆりかごが。
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ドールハウスの上に、収集した貝殻と一緒にあるのは、お人形用のアクサリー。
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2016年から2017年にかけて日本で開催されたビアトリクス生誕150周年記念「ピーターラビット展」で、『2ひきのわるいねずみのおはなし』のモデルになったビアトリクスのコレクションのお人形が展示され、その際お人形とは別にお人形用のドレスが2点一緒に展示された。

お人形遊びをしたことのある方なら人形だけで飽き足らず、着せ替えなどして楽しむはず。ビアトリクスもドレスやスカートにジャケット、靴やアクセサリーなど色々とコレクションしていて、季節やシーンに合わせて着せ替えを楽しんだのかもしれない。そうしたお人形用の小さな櫛やブラシ、手袋などが見られる。

ドールハウスの両脇に置かれているのは、背もたれの形が特徴的な椅子で、1840年代のウォルナット材、ビクトリアン バルーンバックチェア(Victorian Balloon Back Chairs)がドールハウスを挟んで2脚ある。
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ビアトリクスの好きなコレクションにアンティークチェアも加えたい。各部屋、それぞれ用途に応じてデザインの異なるアンティークチェアが配置されている。これまた椅子好き、アンティークマニアにはたまらないコレクションではないだろうか。

ドールハウスと反対側にあるのは、黒檀色に塗られたショーケースキャビネット。ここにはたくさんの骨董品が並べられている。
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まず目につくのは、ブロンズ製のキャラクターたち。1930頃から製造されたもので、大きさは2㎝ぐらいの小さなものがずらりと並んでいる。
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ベンジャミン・バニー(写真下)と『グロースターの仕たて屋』淑女ネズミの陶器製(写真上)のブックエンド(M.M.Jones社製)があり、ドールハウスに入りきらないウェッジウッドのミニチュアで、グリーンやブルーのジャスパーウェアの水差し(3~5㎝)やマグなども形や大きさなど違うものがたくさんある。
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その下の段には、透かし模様の入ったミントンのプレート。このプレートは、シンプルなのにゴージャスな縁取りで、状態がとても良く、使用せずに眺める専用だったかもしれない。
プレートの右隣にあるのは、ドイツの名窯マイセンの1750年ティーキャディ。日本の駅弁のお供だった汽車土瓶のように、紅茶をティーキャディに入れて持ち運んだのだろうか?可愛らしい蓋つきの入れ物に、ビアトリクスもきっと心惹かれたに違いない。もうひとつあるマイセンのティーキャディは、隠れて見えないものの壺のような形に蓋がついた1765年のもの。
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ショーケースの下段真ん中にあるのは、1830年のスタッフォードシャ―で作られた黒光りした独特な色合いのティーポット。これは釉薬してから窯に入れるのではなく、焚口から食塩を投入し窯内に食塩蒸気を発生させるという塩釉手法によるもの。

小さな箱類もたくさんある。白い卵型の入れ物や、螺鈿細工が美しい箱、べっ甲細工のもの、おしゃれな婦人が描かれた丸い陶器の箱も。ショーケースの中だけでなく、各部屋に箱類が数個あることから、箱も必要に応じて色々な種類が増えたのかもしれない。

蓋の部分に型抜き模様が入ったもの(黄色矢印)も何点かあった。これらも箱類のようだが、白粉入れのものもあるようだが、タイガーアイを加工したものもある。どれも上部に同じような模様がある。ひとつの仮説としてペーパーウェイトとして使っていたのではないだろうか?絵を描いたり、手紙の返事を書いたり、紙の仕事をしている人にとってペーパーウェイトは何かと重宝すると想像してみた。
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もうひとつある黒檀色に塗られたキャビネットは、ウェッジウッドのジャスパーウェアの壺が対になるよう並べられ、真ん中にあるのもジャスパーの1800年の花瓶。
その下の段にあるのは、ロイヤルクラウンダービーの花瓶が対になり、真ん中に真っ黒で黒檀色と色が被ってはっきりとしないが、ウェッジウッドのバサルトウェアの壺がある。
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2階の各部屋は、たくさんの絵画作品が飾られていて、部屋ごとに少しずつその趣向が変わっていくのも興味深い。寝室はウィリアム・モリスの壁紙がひとつのアート作品のようだった。宝物部屋は小さくて可愛らしい作品が中心だ。中でもビアトリクスに影響を与えた挿絵画家、ランドルフ・コールデコット(Randolph Caldecott)の作品「6ペンスの唄をうたおう(下)」と「果樹園で洗濯を干す女性(上)」。
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花の絵は、バレンタイン・バーソロミュー(Valentine Bartholomew)の「ロサ・ガリカ(左、バラの一種)」と「プリムラ・ファリノーサ(右、セイヨウユキワリソウ)」。この画家は、ヴィクトリア女王専属の植物画家(Flower Painter)で、「アザレア」など作品がV&A博物館に所蔵されている。
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美少女が描かれたこの作品は、ジョージ・ダンロップ・レスリー(George Dunlop Leslie)の「桟橋の二人の女性(Two Young Ladies on a Jetty)」1884年。レスリーの作品は、19世紀の生活様式を写実的に描かれた作品が多く、テートギャラリーやロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ(ロンドン)に作品が所蔵されている。
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もうひとつ紹介したいのが、多分ケイト・グリーナウェイ(Kate Greenaway)の「Valentine(1875年)」の作品。
三大絵本作家と呼ばれる、ウォルター・クレイン、ケイト・グリーナウェイ、ランドルフ・コールデコットで、その内の二人の巨匠の作品が飾られていることになる。
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なんとも贅沢で、部屋全体に好きが詰まった宝物部屋だ。この部屋の片隅にある書き物机が、宝物部屋を飛び出し日本の各地を「ピーターラビット展」で巡回した。この部屋の中にあると周りのお宝が凄すぎて、この部屋の中ではひっそりと目立たないけれど、日本でまじまじと家具の美しさを堪能させてもらった。
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ビアトリクスの好きなものに囲まれた宝物部屋。彼女の一面がまた分かってきたところでさらにまだ残り2つの部屋も紹介しなければ。もうヒルトップはお腹いっぱいと言われそうなボリュームになってしまったけれど。この続きは次のブログにて。
 

ヒルトップ農場へ その5

英国
09 /08 2018
英国旅行記の続き、ビアトリクスが本の印税と、叔母からの遺産を資金にヒルトップ農場を購入したのが1905年。それまでに既に6冊の絵本を出版し、そこから先ヒルトップ農場や、農場のあるニアソーリーが絵本の舞台として度々登場する。

と、これまでの大事な年号をおさらいをして、さて続きを。

ヒルトップハウスの2階は、寝室、宝物部屋、プライベートの居間、ニュールームの4つの部屋が公開されている。

まずは寝室へと足を踏み入れた。ベッドの横に置かれているのは「アメリカン・ウィンザーチェア(Windsor chair)」で、シェーカー教徒が1800年頃に作ったシェーカー家具。ビアトリクスはこれを「永遠に残すべきもの」と思うほど特筆すべき素晴らしい椅子。
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寝室の場面で真っ先に思い出すのは、『こねこのトムのおはなし』で、「悪いことしたこどもはベッドで寝ていなさい」と寝室に閉じ込められる場面に描かれたベッドを思い出す。

当然、この場面で描かれたベッドが寝室にあるのかと思いきや、さにあらず。『こねこのトムのおはなし』が出版されたのは1907年。寝室のベッドを購入したのは、ビアトリクスが結婚して住居をヒルトップハウスからカースルコテージに移り住んだ1914年頃。

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改めてベッドを見てみると、4つの柱で支えられた17世紀の湖水地方産 天蓋付きベッド(Four-poster bed)で、天井部分はひし形に彫られたパネルが16枚はめこまれ、へッドボード(Headboard)にも見事な模様の彫刻が掘られている。

ベッドの周りを囲うようにかけられている濃い緑色のダマスク柄生地のカーテン(Bed hangings)は、カーテン上部のレールが見えないように覆うヘッドクロス(Head cloth)もセットになり、そのどちらにも花柄模様が刺繍されている。

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この刺繍は、ビアトリクス本人が金襴ブロケード(今風に書くと、カラフルな絹糸)で刺したもので、「外にあまり出かけられない私にとって刺繍することは良い娯楽」と晩年70歳を迎える前より刺し始めたもの。

1914年以降の作品でベッドが描かれているのは『妖精のキャラバン』の口絵で、緑色のカーテンとお揃いの生地のヘッドクロスも描かれた天蓋付きベッドがある。まったく同じではないものの雰囲気はそっくりだ。

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さらにこの部屋の最大の特徴である壁紙は、ウィリアム・モリスのデイジー(ヒナギク)模様。他の部屋と違って、モールディングで仕切った上部にデイジーの壁紙、下の部分は同系色の模様無しと貼り分けている。

ビアトリクスはモリスの壁紙について「水彩画作品や写真など飾る場合にはとても不向きな壁紙、でも天蓋付きベッドの背景にはとてもふさわしい壁紙」と語った。

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パッチワークのキルトカバーはアメリカのもの。

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椅子といえば、冒頭の『こねこのトムのおはなし』で寝室に転がっていた椅子。寝室のベッドと反対側の壁、ブランケットチェストの脇に置かれている1700年代のウィリアムアンドメアリー様式の椅子は、座面が籐(cane-seated)を編み込んで作られたもの。もしかしたらこの椅子がと思ったら、絵本に描かれたものとは少し違っている。

後日、ナショナルトラストコレクション(←ここをクリックするとコレクションが見られます)から、絵本に描かれたそっくりな椅子(座面の膨らみ具合や背もたれのデザインなどから)を見つけた。座面がイグサで編み込まれた1800年代の椅子。ホークスヘッドにあるビアトリクス・ポター・ギャラリーにて展示されていることになっているが、入ってはいけない扉の向こうにあったので撮影できなかった。

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壁に掛けられたオウムと鴨の3枚の絵画をひとつの額に入れている作品は、サミュエル・ディクソンのグワッシュ画法で描かれた1750年頃の作品。この作品の裏にビアトリクスのメモ書きで「子どもも見ると思うからオウムの作品(真ん中)の上に描かれた蝶を取り除くべき」とある。確かに空を飛ぶ見た目がクラゲのような蝶で不思議な感覚に陥るので、最もな意見かも。

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ビアトリクス自身が刺繍したベッドカーテンとは別に、寝室には二つの「サンプラー」と呼ばれる刺繍作品がオウムと鴨の作品の両脇にかけられている。2016年、資料館のクリスマス企画展で「刺繍で親しむピーターラビットと仲間たち」をテーマで展示した際、このサンプラーについて紹介した。

サンプラー(280x270mm)は、手芸の技を磨くため、色々な柄やアルファベットを寄せ集めたデザインのことで、ビアトリクスはこれをどのような経緯で入手したのかまでは分かっていないものの、金色の糸のみで仕上げた縫い目がとても細かく、またモチーフの位置決めの正確さなどから仕上げた人の技術の高さが伺える作品。もうひとつのサンプラー(←ここをクリックするとコレクションが見られます)はさらに細かい手紙か書籍の一部を図案化したもの。

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暖炉にも素敵なエピソードが。

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1934年、ウィリアムはビアトリクスとの結婚21周年を記念し「W H B」の頭文字と「1934」の年号を刻んだまぐさ(暖炉上部の木製炉棚部分)を取り付けた。

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その炉棚に、1階の応接間でも見たスタッフォードシャードッグと呼ばれる置物、スパニエルが飾られている。真ん中にあるジャグは、スタッフォードシャ―の「The Farmer Arms」と呼ばれる水差し。

寝室はビアトリクスが気に入ったものだけでなく、それらに感化されて自ら刺繍したり、ビアトリクスのこの家に対する思いが一番こめられた部屋ではないだろうか。さてこの続きはまた次のブログにて。続きのブログをアップする間隔が段々長くなっているような(^^;

ヒルトップ農場へ その4

英国
08 /30 2018
さて、前回の続き、英国 湖水地方ニアソーリーにあるヒルトップ農場のヒルトップハウス内部見学。1階を見て回り、2階へとつながる階段にもたくさんのエピソードが。

ヒルトップハウスの2階へと続く階段(The Staircase)は、最初から取り付けられていたものではなく、途中で付け加えられたものだった。

17世紀末に建てられたヒルトップハウスは、玄関ホールに小さな螺旋階段(spiral staircase)が取り付けられていた。

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18世紀、現在の階段部分が増築され、途中に踊り場がある折り返し階段に付け替えられた。階段の手すりは緩やかにカーブし、手すりを支える手すり子は、シャープな角材の間に木材を回転させテーブルの脚のように丸く削りとられた手すり子が並ぶ、とてもエレガントな手すりがつけられた。

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階段の折り返し部分にある踊り場は、畳一畳分ほどのスペースがあり、手すり子と同じように丸く削りとられた木材で仕切られた柵があり、外壁部分に高さ2メートルはあろうかと思われる格子の枠がはめ込まれたガラス窓より、薄暗い玄関ホールに明るさを届ける。

ビアトリクスは、階段の踊り場から玄関ホールまで明かりが射しこむ大きな窓と、エレガントな手すりがついた階段を気に入っていた。

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『ひげのサムエルのおはなし』の冒頭、タビタお母さんがトムを探している場面で階段が描かれた。この場面でタビタお母さんの後ろに描かれたのは、踊り場に設置された「ロングケース・クロック」。

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ロングケース・クロック(Longcase clock)は、高さ2メートル50センチあり、現在はホール・クロックと呼ばれる振り子時計で、アメリカの呼び名はグランドファーザー・クロック。18世紀のショーフィールド社(Schofield)のもので、ビアトリクスは「時計の音はゆったりとした心臓の鼓動のよう」と、結婚後住居をカースルコテージに移してからも「古い家が寂しくないよう付き添いに行く」と、毎日のようにヒルトップハウスに出かけたそうだ。

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大きな窓の前に19世紀初頭に活躍したイタリアの彫刻家ピエトロ・マーニ(Pietro Magni)の「本を読む少女」の摸刻像(本物よりひと回り小さいサイズ44x27センチ)が飾られている。この像の飾り台としてビアトリクスが使用したのは、「棺(coffin)」と呼ばれる17世紀のスツール(coffin stool)。

「地元で棺桶をスツールの上に載せ、そのスツールのことを棺桶スツールと呼ぶ」ことから、そんな名前がつき、スツールを使用するのはご遺体をネズミから守るための風習が残っていることからだそうだ。座面の四方が折りたためる長方形の椅子のことで、彫像の下のスツールも見逃せない逸品(珍品?)だ。

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踊り場の窓より眺められるニアソーリー村の景色。ビアトリクスも何度となく眺めたであろう場所に自分が立っていると思うだけで感慨深い。

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階段を上った先は、『ひげのサムエルのおはなし』でサムエルがめん棒を転がし運ぶ場面に描かれた。

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そうそう話が前後するけれど、めん棒の前にバターも失敬したサムエル。こちらは階段の上り口部分が描かれ、大きな窓から射しこむ光が眩しい中、ネズミの通路を通らずにふてぶてしく階段を上るサムエル。

『ひげのサムエルのおはなし』はヒルトップハウスの内部が詳細に描かれていて、私達訪問者を絵本の世界へといざなってくれる。さらにこの続きはまた次のブログにて。

ヒルトップ農場へ その3

英国
08 /09 2018
ヒルトップ農場にあるヒルトップハウスは、どこもかしこも絵本の舞台として描かれ、時が止まったかのように感じる空間が広がる。ラッキーなことに今回で3回目のヒルトップ、少しは落ち着いて見学できるかと思いきや、憧れの地に足を踏み入れることができ興奮して動悸が抑えきれず、旅行前に予習したというのに本番で頭が真っ白になってただただ夢中でシャッターを押し続けた。

文章に書いた説明通りに写真撮影ができていない言い訳を最初に書き記し、このひとつ前のブログ記事、ヒルトップの玄関ホールの続きから。

玄関ホールに続いては、隣の応接間(The Parlour)へ。

玄関ホールよりさらに小さな部屋で、部屋の両側の壁はパイン材を張り部屋の調度品や扉との調和が保たれている。

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この部屋ですぐに目を奪われるのは、大理石でできたアダム様式の暖炉。この暖炉はビアトリクスがヒルトップ農場を購入後に設置されたもので、特別な部屋という印象を与えてくれる。

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暖炉の上にあるのは、スタッフォードシャードッグ(Staffordshire dog)で、犬が口にウサギを咥えたグレイハウンドの置物。こうして暖炉の上に対で飾るのがヴィクトリア朝で流行り、別名「暖炉犬(fireplace dog)」とも呼ばれるほど。
その置物の間にあるのは、メイソンズ(Masons)のアイロンストーンシリーズの両手マグ。17世紀後半ヨーロッパで人気のあったシノワズリ(中国趣味)を、英国の名だたる窯がこぞって取り入れ、様々な紋様が生産された。ビアトリクスも、玄関ホールや応接間に飾るほど、お気に入りだった様子がうかがえる。

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壁に直接かけられているのは、ウェッジウッドの牡丹(Peony)柄プレート。プレートの色合いが、部屋の壁や家具との調和して本当に素晴らしい。また、ヒルトップガーデンに植えられているのはシャクヤク(Peony)で、牡丹の花と美しさはどちらも変わりない。『こねこのトムのおはなし』でもシャクヤクが描かれている。

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インテリアは、アンティーク家具の代名詞ともなっているマホガニー材で、暖炉の横にあるクロウ&ボールというオリエンタル調の脚がついた19世紀の折り畳み式カードテーブルと、部屋の真ん中にある丸いテーブルはチッペンデール様式のマホガニー三脚テーブル。椅子はフレンチ様式の布張りチェア。

ビアトリクスは18歳の時に日記で「私が家を持っていたなら、アンティーク家具を買うのに。ダイニングルームはオークの家具を置いて、絵を描くための部屋はチッペンデール様式の家具」と書いている。

1905年ビアトリクスは39歳でマイホームを手に入れ、玄関ホールの家具はオーク材で、応接間はチッペンデール様式と、日記に書いた通りに実行し、その行動力には改めて驚かされる。

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応接間の壁に取り付けられている吊り食器棚の中に、1902年エドワード7世戴冠式を記念したコロネーショングッズ(英国王室お祝い記念グッズ)のティーポットがあり、『パイがふたつあったおはなし』でリビーがお茶を振る舞う際に描かれたもの。

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ポットの蓋の部分が王冠になっている

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ビアトリクスが収集した書籍が並ぶ本棚の一番上に、ジョン・ピールのマグが展示されている。これは1935年、ジョージ5世即位25周年で、ニアソーリーの隣ファーソーリーにあった学校が記念行事を行う際、学校へビアトリクスが寄付したもの。


マグに描かれた人物、ジョン・ピールは、キツネ狩りが好きな農民で、その逸話をマザーグースのメロディにのせて歌ったことで多くの人に知れ渡ることになった。このマグには、ゼンマイ仕掛けのオルゴールが付いていて、マザーグースのメロディが流れる限定生産のもの。この学校が1960年に廃校となり再びヒルトップに展示された。
ビアトリクスは『妖精のキャラバン』の第17章に馬車馬の歌としてジョン・ピールの歌を書いている。

応接間は、自分の夢を叶えた自分へのご褒美のような素晴らしいインテリアに囲まれたビアトリクスにとって至福の部屋だったに違いない。

ヒルトップ農場はまだまだ続きます。この続きはまた次のブログにて。

ヒルトップ農場へ その2

英国
08 /02 2018
ビアトリクス・ポターの聖地を巡る旅は、いよいよヒルトップ農場へと足を踏み入れることができた。

見学できるのは、ヒルトップハウスと、ガーデン、ショップの3カ所。農場部分は柵で仕切られ立ち入り禁止だが、現在も羊などを飼育し農場を経営している。ここで飼育されている羊は、ビアトリクスが種の存続に尽力したハードウィック種と思われがちだが、ハードウィック種は高地向きの品種の為ここではあまり見かけない。

この場所は例え初めて訪れてもどこか懐かしく感じる場所に違いない。何故なら、そこかしこに絵本で見慣れた背景が見られるから。
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まずは小径から。ヒルトップハウスまでのアプローチとなる小径は、『こぶたのピグリン・ブランドのおはなし』に登場する。

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エントランスポーチは、『こねこのトムのおはなし』や、
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クリスマスカードデザインとしても描かれた。

ヒルトップハウスは、17世紀に建てられたファームハウスで、天井が低くく、それぞれの部屋はそれほど広くない。玄関ホールは玄関扉を入ったすぐの部屋で、湖水地方に住む農夫は「ファイアハウス(firehouse)」とか「ハウスプレース(Houseplace)」と呼ぶそうだが、ビアトリクスはここを「玄関ホール(The Entrance Hall)」と呼んでいた。

玄関ホールの灯りは、玄関扉の横にある大きな出窓から差し込む日差しだけで、夜はキャンドルライトの生活。といっても、多忙を極めるビアトリクスがヒルトップハウスで過ごせるのは1年の内でも数か月ほど。結婚後は住居をカースルコテージに移した為、灯りに関してはそれほど不自由はしなかったかもしれない。

公開されているヒルトップハウスは、窓からの日差しと間接照明替わりにテーブルランプが何カ所かに設置されている。しかし部屋の暗さは相当なもので、カメラの撮影が許可されたものの、上手に撮影するのは難しかった。
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ビアトリクスはゼラニウムを植木鉢で育て、霜が降りる季節が訪れる前に部屋の中へ入れていた。ゼラニウムの鉢は、『こねこのトムのおはなし』で玄関扉横の出窓に描かれ、『ピーターラビットのおはなし』でマグレガーさんの畑にある鉢を3つもひっくり返し、そして三度『フロプシーのこどもたち』に描かれた。

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『パイがふたつあったおはなし』で、リビーの玄関扉に描かれたドアノッカーは、玄関ホールの暖炉のある壁の向かって左側の扉にかけられているデーモンキャットのドアノッカー。これと同じものを河野先生が探し当て、概観がヒルトップハウスにそっくりなビアトリクス・ポター資料館の調度品も本物に着々と近づいている。

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玄関ホールの暖炉は、『ひげのサムエルのおはなし』でこねこのトムが隠れる場所。

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暖炉の前の敷物は、布の端切れを何枚も重ね合わせたラグ(Rag Rug)で、湖水地方に昔から伝わる伝統的な敷物。暖炉の上に並べられた真ちゅう製の馬具の装飾金具ホースブラス(Horse Brass)は魔除けのような意味合いもあり、英国ではこのように暖炉に並べて飾ったりした。

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『ひげのサムエルのおはなし』でアナ・マライアがねり粉を失敬している場面、タビタお母さんは「そのねずみ、どっちへいった、モペット?」と聞きますが、モペットは怖くてどっちに逃げたか見ていませんでした。

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アナ・マライアが走り去った先にネズミ穴(mouse hole)を発見!
ビアトリクスがヒルトップ農場を購入した際の最初の困った問題は、ひげのサムエルやアナ・マライアたちが厚い壁の隙間をすり抜け、煙突をかけのぼり、床板の下を走るなどということが起こり、ビアトリクスは「ネズミが96匹いた」とカウントするほどだった。

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ビアトリクスの父、ルパートがデザインした鳥や動物の図案が描かれた絵皿。この絵皿の内、6枚が日本にやってきて、1年以上かけて「ピーターラビット展」で展示されていた。ヒルトップハウスに展示されていたものが、この場を離れることなど有り得ないのに奇跡が起きた。こうして再び全部揃った状態で見ることができるなんて原画展での感動がよみがえる。

ヒルトップハウスの玄関ホールに足を踏み入れただけなのに、そこかしこに広がる物語の数々。続いては玄関ホールの隣の部屋、応接間へ。この続きは次のブログにて。

ラピータ

ピーターラビットの生みの親ビアトリクス・ポターの愛好家で、作品について、開催されたピーターラビットのイベントやグッズ紹介、ピーターラビットの故郷英国について紹介するホームページ「ラピータの部屋」のブログです。
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