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今日のひとこと

大好きなうさぎ、趣味のハイキング、写真撮影など。日々の暮らしの中で心に刻んだ出来事を記事にします。

心拍計・フィットネスリストバンド「Fitbit Charge2」 

これまで使用していたエプソン社製の活動量計「パルセンスPS-100」から、Fitbit社製の「Fitbit Charge2」に変更しました。

パルセンスについての書いたブログ記事(2015/8/20)

どちらも腕に巻いて使用するものですが、パルセンスの方は計測するのみで、情報はスマホのアプリから確認します。心拍数が120を超えるとパルセンすがビービーと振動するので、スマホを取り出しアプリを立ち上げ心拍数を確認する作業が段々と面倒になり、また腕に巻くバンドがまったくもっておしゃれじゃないというのもあり、1年半ほど使用し新しく買い替えることにしました。

「Fitbit Charge2」は、液晶画面で時計と心拍数を表示させることができるので、その場ですぐに確認できますし、標準のバンドが気に入らなければデザイン、素材、よりどりみどりで選ぶことができ、簡単に取り換え可能という点も気に入りました。

Fitbit Charge2の性能について詳細は公式ページでご覧ください。

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歩数計に関しては、椅子に座りっぱなしでもカウントされることがあるので、実際よりも少し多目にカウントされるようですが、目標の1日8000歩を教えてくれるだけではなく、動かずにいると「ウォーキングにでかけましょう」とか、「あと10分で200歩」とか細かい指示を出してやる気にさせます。

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附属のバンドは気に入らなかったので、各種メーカーから出ているFitbit製の替えバンドの中で、ローズゴールドの交換リストバンドも購入しました。バンド交換はとても簡単な作業でした。

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一日の運動量や、睡眠の記録などすべてアプリに記録されます。

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こちらは毎分の心拍数のグラフ

活動量計ですが、デザインが良いのでパッと見はブレスレットみたいで気に入ってます。この子をお供に毎日ウォーキングに励みます!!

Posted on 2017/04/20 Thu. 21:47 [edit]

category: 日常

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2016年振り返り 


2016年、大晦日を前に一年を駆け足で振り返ります。今年はビアトリクス・ポター生誕150周年の記念イヤーということで、ブログや報告レポートを書きたくなることがたくさんあったのに、ほとんど更新できなかったのが今年の猛反省です。これまでブログを見てくださった方は、さすがに呆れてしまっているかも。。。ごめんなさい。来年はもう少しマメになるよう、おせちの黒豆をたくさん食べましょう。

1月 東京国際キルトフェスティバル参加
3月 聖徳大学美術館、日本橋三越ハッピーイースター参加
4月 大東文化大学ビアトリクス・ポター資料館 開館10周年記念講演参加
5月 恵比寿ガーデンプレイス「ピーターラビットハッピーガーデン2016」参加
7月 大東文化大学地域連携センター「ビアトリクス・ポタ―生誕150周年記念講座」第1回目の講座の講師担当
8月 ビアトリクス・ポター生誕150周年記念「ピーターラビット展」参加
8月 記念講演会「ここが見どころ、ピーターラビット展」参加
8月 朝日カルチャーセンター 講座「ビアトリクス・ポタ―とピーターラビットの世界」参加
8月 「ピーターラビットの世界へ ビアトリクス・ポターのすべて」河野芳英(著)河出書房新社(刊)編集作業担当
9月 「ピーターラビットのすべて ビアトリクス・ポターと英国を旅する」辻丸純一(文・写真)河野芳英(監修)小学館(刊)編集作業担当
9月 2016-2017展示会「ピーターラビットの世界展」一部パネル制作担当&グッズ提供
12月 大東文化大学ビアトリクス・ポタ―資料館 開館10周年クリスマス特別企画「刺繍で親しむビアトリクス・ポターの世界」企画&パネル制作担当
12月 大東文化大学ビアトリクス・ポタ―資料館 開館10周年クリスマス特別記念講演参加

イベントに参加したものや、裏方として作業させていただいたもの、それから講座を担当させていただき緊張したものも含め、今年はこんなにも充実した時間を過ごすことができました。

この他にも、金時山へのハイキング回数は、今年12月に100回を超えました。
富士山は、8月に1回(8合目まで)、9月に1回(山頂到達、お鉢巡り)登山しました。
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約110年ぶりに新しくなった「頂上浅間大社奥宮」にお参りと御朱印をいただき、お鉢巡りをしたついでに「山頂久須志神社」でも御朱印をいただきました。申年しかもらえない特別な御朱印もあり、もちろんありがたくいただきました。山頂価格とあって、1個1000円で4つの御朱印で4000円也。

それから新車アルト・ワークス(MT)を購入し、家の屋根と外壁のリフォーム工事も行い、病気してから何度も田舎に帰ると言っては父を困らせていた母を連れ、田舎に帰省する夢も叶えてあげることもできました。いやーこれがもう大変だったのなんの。新幹線の乗務員さんのチームワークに感動し、終わり良ければ総て良しという旅でした。

2017年もたくさん活躍できるよう頑張ります。
更新ままならない「ラピータの部屋」&ブログ「今日のひとこと」をご覧いただき誠にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。

Posted on 2016/12/30 Fri. 18:41 [edit]

category: 日常

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脈拍計測機能付き活動量計バンド「パルセンス」 

心臓に負荷をかけないためドクターより注意するようにと言われたことは、
・薬を忘れずに毎日飲むこと
・塩分の摂取量を1日6グラムまでとすること
・過度な水分をとらないこと(1日1リットル、汗をかいたら1.5リットル)
・毎日無理のない程度に運動すること
以上の4点です。

病気したから運動するのは控えるのではなく、毎日30分ほどのウォーキングは積極的にした方が心臓には良いそうです。足を鍛えることで血流が良くなり心臓の負荷が減るからでしょうか?

今回の病気(病気についての記事)をきっかけに、脈拍を常に計測してくれる活動量計バンド「パルセンス」を購入しました。脈拍が100超えるとバンドが振動して知らせてくれます。
激しい運動をすると胸の鼓動が高鳴り息苦しくなりますが、そうなる少し前に知らせてくれるのでそのタイミングで休憩し、脈が落ち着くと再び歩き出すというように使っています。

いつものハイキングコース金時山の山頂まで、以前より時間はかかるものの、少しずつ体力も回復し登りきることができました。

この活動量計は、スマートフォンのアプリと連動していて、その日の歩数や、消費カロリー、運動した時間、睡眠の質も計測し画面で見ることができます。また、スマートフォンのGPS機能を利用した地図が表示され、その日の脈拍の高低の記録を地図上に表示させて見ることができます。

なかなか良くできたアプリで、その日の活動量を見ながら、もうちょっと運動しなきゃとか、今日は良く頑張ったとか、その日の活動を目で見てデータで知ることができ、充電時以外手離せなくなりつつあります。

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EPSON パルセンスPS-100
この上位機種はバンドの液晶で時間やデータなど直接見ることができます。

「富士山に毎週末のぼるぞー」という誓いはもろくも崩れさりましたが、富士山は来年も待っていてくれますものね。

Posted on 2015/08/20 Thu. 21:11 [edit]

category: 日常

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精神的ストレスによる急性心筋梗塞 

母の病気」からの続きです。

その日の母の状態は最悪で、朝からビクビクしどうしでした。初めて出掛けたショートステイ先で介護士さんを困らせ、早々に帰宅することとなり、家に戻っても機嫌が直ることはなく、それでも時間だけはゆっくりと過ぎていきました。

私は夕食の片付けを終え、歯磨きしようとしたタイミングでした。

そこへ母のきつい言葉が矢のように胸に突き刺さり、父と顔を見合わせ「きついこと言うなぁ~」と苦笑い。よろよろと椅子に座りこみ、ガクンと項垂れ、「ああ、もう」と沸き立つ心を鎮めようと頭をかきむしりました。

「あれ?なんかおかしい?」

ただ落ち込むだけのつもりだったのに、本当にみぞおち辺りをギュッと鷲掴みされるような痛みが走り、その場で動けなくなりました。

しばらくして少し痛みが引いたところで寝転がりましたが、また強い発作のように痛みがでて、痛みは増すばかり。以前から、精神的ショックを受けた際、過換気症候群を発症することもあるので、いつものように深呼吸するも治る気配がありません。

「これはもしかして病院に行った方がいいかも?」と医者嫌いの私もさすがに痛みに耐えきれず、実家近くにある市民病院へ向かいました。痛みさえ治ればすぐに帰れると思ったところ、心電図、レントゲン、採血、点滴と、痛みは一向におさまらずただ時間だけが過ぎていき、、、

4時間経過した頃「心電図と採血の結果で、心臓になんらかの異常を発症したと思われる節があるので、これから専門病院で検査してもらいます」そうドクターに告げられました。

専門病院に移動するのに何故こんなにも時間がかかったのかという説明もありましたが、ここではそれを割愛します。

救急車が呼ばれ市民病院で診察してくださった先生と、付き添ってくれていた父を乗せ、宝塚にある心臓専門の病院へと運ばれました。

その時点で既に痛みはなく記憶はとても鮮明です。「急性心筋梗塞です」と夜中の12時過ぎに爽やかに病名を告げてくださったドクターは、イケメンで野村萬斎氏に似ていたこと。

「家に残してきた母が心配で」とボソボソ告げる私を一刀両断するかのように「今すぐにカテーテル検査をしますよ」と告げられ検査室へと運ばれました。

幸い検査で異常は見つからず、発症後3日間は安静に過ごしましたがすぐに体も回復し8日間で退院できました。

心筋梗塞に至った経緯は、精神的ストレスが引き金となり、冠攣縮により心臓の右冠動脈が閉塞する狭心症を発症し、発作が長く続いたため心筋梗塞を引き起こしたということです。幸い心筋梗塞で壊死した心臓の筋肉は10%ほどで心筋梗塞は軽傷でした。

しかし冠攣縮の血管発作がこれから起きないようにする薬を一生飲み続けなければいけなくなりました。

冠攣縮による狭心症は、アジア全般日本人に比較的多いそうで、血管が収縮して心臓の血液の流れを止めてしまうのだから恐ろしい病です。自らが自らの命を絶つということを無意識におこなっているということだから、ストレスって本当に万病の元だと改めて認識しました。

母が入院してたリハビリ病院の先生の声がこだまします。

「見守る家族さんが少しでも楽できるように考えていかなければならない」この時先生はこうもおっしゃいました。「高次脳機能障害で介護している家族の方が病気になるケースが多い」

統計的にデータが出ているかどうかは知りませんが、先生曰く家族愛も大事だけど、見守る家族が倒れたら誰が面倒をみるのか。だからこそ家族が少しでも楽できるようにという言葉につながっていくんです。

その時はもし家族の誰かが倒れるとしたら老老介護している父だろう。だから子供たちが父を支え、倒れないようにって頑張っていたのにね。真っ先に私が倒れたというオチつきです。

母のこと、私のこと、ブログに書くべきかすごく悩みました。でも私も人生の折り返し地点を過ぎ、親の介護を経験する年齢に突入したのだから、いつか誰もが経験することであり書くことにしました。

これからも大好きなうさぎについて、趣味のハイキングやカルトナージュのことなどが中心になると思います。今後ともよろしくお願いします。

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お世話になった病院。家族にも迷惑かけちゃったなぁ。でも同級生が何度も会いに来てくれて嬉しかった。ありがとう!

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心臓カテーテル検査後に出た青あざ。親指の下の腫れがひどく痛みが出たけど、看護師さん曰く、もっと腫れる方もいて私の場合きれいな方だとのこと。

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塩分の1日の摂取量6グラムに制限された食事。病院では管理栄養士の方が正確に作ってくださるけれど、家でも同じようにするのが大変(^^;

Posted on 2015/08/20 Thu. 16:39 [edit]

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母の病気 

今年の富士登山シーズンは、毎週末富士山に登ろうと張り切っていました。しかし山開き直前の6月末、体調を悪化させ富士山が遠のいてしまいました。体調悪化の原因は、精神的ストレスを受けたことによるのですが、その前に母の病気について話をしたいと思います。

2月14日、母がくも膜下出血で倒れ、意識を回復し歓喜したのも束の間、重度の高次脳機能障害の後遺症で家族に対し辛く当たるようになってから生活は一転してしまいました。

急性期病棟からリハビリ病院へ転院し、以前の穏やかな、なんでもテキパキとこなす母親に戻ってもらうためにどう接して、何をすればいいのか、そんなことばかり考えていましたが、リハビリの先生は家族との思いとは裏腹に「見守る家族さんが少しでも楽できるように考えていかなければならない」とアドバイスを受け、この時は先生がどうしてこんな風におっしゃるのか真意は理解できませんでした。

高次脳機能障害という病気は、どう説明していいのか難しい病気です。症状は患者さんによりすべて異なり、なってみなければどのような症状が出るのかは分からない。一番の問題は、患者に病識がないってこと。これまで家の中のことすべてを取り仕切り、人当たりもよくお付き合いも広い。そんな人だからこそ何かしなければいけないという強迫じみた強い信念に揺り動かされるのか、何もできない自分に腹立たしく、それを家族にぶつける日々。

苛立つ母に「すべては病気のせい。今は脳のリハビリをして体を動かすリハビリをして、一生懸命治そうと努力すればきっと良くなるよ」と、何百回説明してもそれはすべて無駄に終わる。

母が突然倒れ、3か月間入院しましたが、家に連れ帰り介護保険サービスにお世話になる生活が始まりました。週に3回~4回ディサービスを受け、訪問リハビリ120分、傾聴ボランティアの方にもお世話になり母をサポートしてもらってます。

父はシルバーの仕事を辞め24時間母に寄り添い、介護するという生活が始まりました。そしてそんな父を子供たちがサポートしていこうと一致団結して、その日一日をなんとかやり過ごし、一日一日を積み重ねています。

一日の始まりの朝は穏やかで、その気分を例えるとしたら、朝もやが立ち込める美しい湖の上にボートを浮かべゆったりと漕ぎ出しているかのような感覚。

朝食を食べ、エネルギーが体内に注入されると、少しずつ頭が回転し始めるのか、「アレはどうした」、「あの人に電話かけて」、「あそこに行かなあかん」と始まります。自分の中に目覚めてしまった何かを求める、本人はもちろん家族にも決して分からない、でも何かしなくてはいけないという強迫観念にとらわれるのです。でも人の名前はおろか、探すものが何かも分からないので、アレよ、アレでしょ、あの人よと言っては家族を翻弄します。

穏やかな朝の気分は一瞬にして消え去り、まるでジャングルの奥地に迷い込むかのような、今日は鬼がでるか蛇がでるかというビクビクとした気分へと引きずり込まれます。

母は感情や行動の指令を出す前頭葉が機能障害に陥っているものだから、目の中に飛び込んでくる映像と自分の過去の記憶を結び付け、そこに自分しか分からない世界を作り上げ家族を巻き込むという、なるほど母ワールドなるものが展開されます。どのようなワールドなのか家族にはまったく理解できませんが、母の発するアレという言葉を推測し付き合わなければ機嫌は悪くなるばかり。

目の前にいるのは確かに母なのに、まるで別人のように感じてしまうのは病気のせいです。憎むべきは病気、分かってはいるのに、暴言を吐き、悪態をつき、暴力をふるう、そんな母を目の当たりにして傷つかないといえば嘘になります。

私も父の手伝いで毎月帰省していたのですが、ある日怒りに震える母のきつい言葉がグサッと胸に突き刺さり落ち込んでいたら、本当に胸が痛くなり、次第にその痛みに耐えられなくなってしまいました。(つづく)

Posted on 2015/08/20 Thu. 16:23 [edit]

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インフルエンザ 

3連休明けの火曜日、午前中はまだ元気でしたが、午後からどうにもこうにもしんどくなってきて風邪ひいちゃったかな?と市販の風邪薬を飲み休んでいました。

のどの痛みは強烈で、唾をゴクンと飲み込むのも痛いほど。熱は一日のうちで上がったり、下がったりするので風邪薬が効いているのかなと思っていました。

今回の症状はのどだけで、最初は病院に行くほどではないかなと思ったけれど、症状が出てから二日目には38度超えの高熱が出て、どこで感染したかまったく身に覚えはないのですが、粘膜検査の結果まさかのインフルエンザでした。

大人のインフルエンザ症状として、熱は出る一方でなく、免疫力の高い人は上がったり下がったり、中には熱すら出ない人もいるらしい。

治療薬は、イナビルという吸入粉末剤で、大人分一回分で治療は終わり。のどが腫れていたのでのどの薬と抗生物質なども処方されました。

インフルエンザにかかったのは初めてだったので、ひたすら寝て過ごしました。このまま治らないじゃないかと思うほど最初の3日間はひたすら苦しかったけれど、熱が下がり平熱になると同時に、だんだんと頭の中がすっきりとしはじめ動けるようになりました。

インフルエンザの検査について、熱が出てから半日以上経たなければ検査できないらしいということを事前にお友達に教えてもらっていたので助かりました。それから抗インフルエンザ薬は、発症から48時間以内に飲まないと、のどでウィルスが増殖して拡散するそうです。

色々と教えてもらっていたことが今回とても役に立ちました。病院は混んでるからって避けたくなるけど、まずはお医者さんに診てもらうのが先決ですね。時々咳き込むのが治らないので、完全復帰までもう少しかかりそうです。

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お正月に散歩した御殿場プレミアムアウトレット。富士山ビュースポットに写真撮影ポイントが新たに誕生しました。この日の富士山のようにすっきりとしたいものだわ。

Posted on 2015/01/20 Tue. 15:15 [edit]

category: 日常

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