タイトル画像

スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


ラピータの部屋「今日のひとこと」


スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]
タイトル画像

開館11周年記念講演 ビアトリクス・ポター生誕150周年「ピーターラビット展」の裏話のレポート

2017.05.24(13:24) 2149

大東文化大学ビアトリクス・ポター資料館が開館11周年を迎え、4月23日に記念講演が開催されました
17daito01.jpg

17daito02.jpg
講師は、「ピーターラビット展」の主催者である東映株式会社 事業推進部文化事業室の菅野(すがの)さんです。

昨年、渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムを皮切りに全国巡回中の展覧会、ビアトリクス・ポター生誕150周年「ピーターラビット展」は、どのようにして日本で開催されるに至ったのか、企画、交渉、作品の管理、メディア戦略、開催する美術館への対応などなど、そのすべてにおいて辣腕を振る菅野さん。そんな菅野さんがこの展覧会の裏側を語るという内容でした。

まずは展覧会の特別協力者である「ナショナル・トラストのおはなし」から始まりました。「~のおはなし」とされたのは、もちろん『ピーターラビットのおはなし』に準えてのことと思います。

展示されている150点200件の作品は、英国最大の環境保護団体であり自然景観や歴史的建造物の保護運動をしている民間団体「ナショナル・トラスト」よりすべて借り受けたもので、ビアトリクス生誕150周年をお祝いして本国に次いで人気のある日本で開催することになりました。

まずは開催決定となるまでの道のりとして、貸し出し交渉のためオフシーズンである1月から2月にかけて、凍える寒さの湖水地方へ出掛け、ナショナル・トラストが保有するヒルトップ農場のヒルトップ・ハウスへと向かい、特別に寝室や客間を見せてもらいながらの交渉を行ったこと。

そしてホークスヘッドのビアトリクス・ポター・ギャラリーにも出かけ、保管されている作品をひとつ、ひとつ見せてもらいながら展示したいという思いを伝え交渉に望まれたそうです。

展示数を考えると、気の遠くなる作業ですね。何しろナショナル・トラストが所有するビアトリクスの作品数は、パンフレットに500点と記載されていますから。

菅野さんは、「ビアトリクスは、絵本作家というだけでなく、ファインアートの作家でもある」と色々な作品を見ながらそう思ったそうです。日本では絵本作家、それもピーターラビットだけが飛びぬけて有名ですが、実はそれだけではない部分にも着目し、そうした作品も展示が実現したのも、こうした地道な交渉の成果だったのですね。

作品展示が決定したら、次はナショナル・トラストが課している大変厳しい貸し出し条件について解説いただきました。

照明に関して、条件をクリアーするため実際の照明器具を英国に持ち込み確認していただくということまで行ったそうです。
というのも、水彩画は油彩画より光によって退色しやすいため、照度や照射時間の制限があり、作品に光が当たらないように工夫すると共に、でも見ていただく人には暗く感じないように演出で明るく見せられるようにしたこと。

それでも現地担当者による「照度計テスト」は毎回ひやひやものだそうです。テストは、積算照射量で色が変わる特別な試験紙「ブルーウール(The Blue Wool Scale)」が使われているという専門的なことも解説していただきました。

また個々の作品は、マット紙入りで日本に届いたため、それらを指定されたメープルの木材で額装しアクリルやテープの材質にも細かな指示があったそうです。

作品を展示するに当たり、こうした温度・湿度だけでなく照射量などなど、細かい気づかいに対応していただけるのは、美術館や博物館しかなく、会場の演出や、展示プランなど、それぞれの学芸員さんたちの力も借り、大掛かりな展覧会が開催の運びとなったこと。これが最初の「ナショナル・トラストのおはなし」でした。

次は「ディーン・フジオカさんのおはなし」でした。

こうした大掛かりな展覧会を開催する際、芸能人の方にオフィシャル・サポーターになっていただき、メディアを使って宣伝するということを行いますが、「ピーターラビット展」のオフィシャルサポーターにディーン・フジオカさんが就任していただいたこと、このことが菅野さんをはじめとして関係者のみなさんの更なるモチベーションアップにつながったそうです。

と言いますのも、美術館で開催する展覧会は、展覧会概要の記者会見の際に100名のプレスの方に来ていただければありがたいとされる中、ディーンさんが会見するという触れ込みが伝わった途端、200名以上のプレスの方が集まったとか。

通常は、美術専門誌などで宣伝される記事に関しても、ディーンさん効果で通常ならありえない女性週刊誌での特集記事が組まれたりと、この部分は菅野さんもこれはすごいことなんだということを伝えるべく、かなり力がこもったおはなしでした。

記者会見はもとより、英国ロケ同行、数々の取材同行など、ディーンさんと一緒にお仕事をたくさんこなされた菅野さんが、ディーンさんとのツーショット写真として唯一撮影されたものが、手を伸ばせば届きそうな距離の中も一歩身を引き、関係者として見守る背中越しに輝くディーンさんの笑顔の写真でした。

ツーショット写真と聞き、てっきり笑顔で並んで撮影された写真を想像しましたが、黒子に徹するプロ意識の高さを感じました。ディーンさんもきっとそんな菅野さんのお姿を微笑ましくご覧になられたことと勝手に想像します。お人柄って伝わりますものね。

菅野さんがオフィシャルサポーターがディーンさんで良かったと感じられたエピソードのひとつとして、ビアトリクス・ポターについての人物像や作品についてを、彼なりに消化し、彼の言葉としてあらゆるメディアに向け発信してくれたこと。こうしたことを可能にしたのも、ビアトリクス・ポターの魅力のひとつかなと私達ファンはそう思いました。


最後のおはなしは「ディーンじゃなくてごめんなさいのおはなし」でした。

「ピーターラビット展」の最初の開催地、渋谷Bunkamuraザ・ギャラリーは、ディーンさんも参加し華々しくセレモニーが開催されましたが、仙台のセレモニーで挨拶された大東文化大学河野教授の開口一番「ディーンじゃなくてごめんなさい」という言葉にびっくりされたエピソードが最後のおはなしです。これには思わず失笑しました。

セレモニーの場所というのは、大変にそれはそれは緊張する方々に囲まれる中でしたから、その驚きの衝撃はすごかったそうです。

「ピーターラビット展」は、河野先生がいらっしゃらなければ成り立たないほどの多岐にわたってのご活躍でした。図録作成に始まり、「ここが見どころピーターラビット展」の記念講演会、メディアへの取材対応などなど。

そんな河野先生がビアトリクスの魅力を語りだしたらとまらず、「実はビアトリクスはドアノッカーマニアだった」というエピソードを聞き、河野先生が同じドアノッカーを探し出し収集されていることから、それらをお借りし「ピーターラビット展」のヒルトップハウスを再現したドアに取り付け展示されていることなど、まさしく裏話をお聞きすることができました。

次回の「ピーターラビット展」は、7月15日から9月3日まで、八王子にある東京富士美術館にて開催され、そして泣いても笑っても日本ではこれで最後の最終地、9月16日~11月5日まで、名古屋市博物館で開催した後、すべての作品は英国に帰ります。

英国湖水地方ホークスヘッドにあるビアトリクス・ポター・ギャラリーをご覧になられた方はお分かりいただけると思いますが、ナショナル・トラストが所蔵するビアトリクスの作品を一度に展示するのはスペース的に不可能で、毎年テーマを決め少しずつ展示されています。

「ピーターラビット展」はそのことを考えただけでも大変貴重な機会で、また研究者の方でもまず見ることができないパノラマ絵本の草稿「こわいわるいうさぎのおはなし」と、未刊で終わった草稿「ずるいねこのおはなし」の作品が、2m弱のスペースを割き、見開いた状態で展示されています。恐らくですが、このような状態で展示するのはこれが最初で最後の機会になるかもしれないとのお話でした。よく目に焼き付けておかなければいけない作品のひとつです。

たくさんの魅力を詰め込み、これほどの大きな仕事を成し遂げ、それでいて仕事にはストイックで、私達ファンには優しく接してくださいます。あっという間の1時間、とても楽しい講演でした。ありがとうございました。

mokuroku.jpg
ビアトリクス・ポター生誕150周年「ピーターラビット展」公式図録 会場限定発売 2000円

daito101.jpg
大東文化大学「Beatrix Potter Collection」文献目録2017 記念講演で配布された資料

ronbun02.jpg
大東文化大学ビアトリクス・ポター資料館開館10周年記念論文集 記念講演で配布された論文集

スポンサーサイト

ラピータの部屋「今日のひとこと」


タイトル画像

結膜結石

2017.05.19(22:19) 2148

以前より目が霞んでよく見えない症状があったものの、一時的なものだったし気にするほどでもなかったのですが、1週間前より右目だけ霞がかかったかのように大変見えづらくなり、どんなに目をこすっても見えづらいので気になって眼科に行ってきました。

そうしたところ、ドクターより「石がありますね」と。
「石?」と私。

皆さん、「石」と聞いて何を想像しますか?

私はてっきり強風が吹き荒れた日があったので、目の中に飛んできた石が入り、市販の目薬をさしても取れないほどのものを想像してしまいました(笑)

ドクターの「石」というのは、「結膜結石」という病名で、原因は特定されないものの結膜に石ができた状態で、その場で点眼麻酔し、針で石を除去する処置をしていただきました。

治療後は、目薬3種類を1日4回さすだけです。

1週間後、再び眼科を訪れ眼の状態を確認していただきましたら、治療前と治療後の写真があきらかに相違し、治療後は目のモヤモヤした霞が取れ、透き通った水晶体になりました。

本心は、眼科なんてめんどくさくて行きたくないって思っていたのですが、主人の目の調子が悪く「眼科に行く」と言うので、「じゃ私も一緒に行く」という軽い気持ちでした。

まさかちゃんとした病名がつくとは夢にも思わず。いや~何かあったら病院には行っておくべきですねぇ~。

主人の目の具合は、緑内障の検査をした結果、眼圧が高く、初期の緑内障と診断されました。緑内障は完全に治るという病気ではないので、これ以上症状が進行しないように眼圧を下げる目薬が処方されました。これから一生手放せない目薬です。緑内障はショックだけど、初期で良かったです。もし皆さんも気になることがあったら病院へ行ってみましょう。

170519.jpg
5月の始めに開花したストロベリー・キャンドル。写真と記事の内容は関係ありません。



ラピータの部屋「今日のひとこと」


日常 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

ウォルター・クレインの本の仕事展

2017.05.17(21:43) 2147

千葉市立美術館で開催されている「絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事」展に行ってきました。
17040709.jpg

ウォルター・クレインの名前をメインとして掲げる展覧会が過去日本で開催されたことは恐らくなく、私がその名前を知ったのもビアトリクス研究を始めたことがきっかけです。

展覧会のタイトルにもある通り、挿絵に文字が挿入されるいわゆる「絵本」を最初に誕生させた人物で、まさしくここから絵本の歴史は始まったという大規模展覧会が千葉で開催されました。名だたる大学所蔵の書籍から個人所蔵まで出品されたのは191点。大変見応えある内容でした。

展示入り口から最初のフロアは、1863年クレインが画期的な印刷技術である多色刷木口木版を開発したエドマンド・エヴァンズに出会い、クレインの初期作品である全ページカラー印刷のトイ・ブックシリーズが展示されていました。この頃のカラー印刷は、原色使いでどぎつい印象もありましたが、時代が進むにつれ色が変化していく様が見てとれます。
これらトイ・ブックシリーズは、アルファベット絵本や数・算数の絵本やナーサリーライム(マザーグース)の絵本やグリム童話、誰もが夢中になるものばかりです。
「シンデレラ」は背景に描かれている食器やタイルが、ウェッジウッドブルーで描かれているのも時代を反映してい興味深いです。

クレインは1867年に浮世絵と出会い、日本の色見本を参考に黒を縁取り線として表現し、新たなる境地を切り開くのですが、展示された作品「美女と野獣」で美女が扇を手にしていたり、他にも日本を感じさせるアイテムが作品に描かれていてこれまた興味深いです。

クレインが1876年「眠り姫」を最後にトイ・ブックの仕事を辞め、次にエヴァンズが手を組んだのがランドルフ・コールデコットです。1878年、最初に出版したトイ・ブックが「ジャックが建てた家」「ジョン・キルピンの滑稽な出来事」の2冊で、シリーズ16冊が刊行されました。

同じくエヴァンズの目にとまったのが、ケイト・グリーナウェイ。これで主役は揃いましたね。19世紀半ば3大絵本作家と呼ばれたのが、クレイン、コールデコット、グリーナウェイです。

kawanobook.jpg
ビアトリクス・ポターはこの3人の作品から多大な影響を受けたのは間違いなく、詳細については昨年出版された著書「ピーターラビットの世界へ」河野芳英(著)の第4章ビアトリクスが好きだったもの、を読んでいただければと思いますが、ビアトリクスは特にコールデコットのトイ・ブックがお気に入りでした。その中でも一番のお気に入りだった「かえるくん、恋をさがしに」も展示されています。

この展覧会は、名人印刷屋のエヴァンスに見いだされたコールデコット、グリーナウェイの作品も展示されていますので、ファンにとってはたまりません。

またグリーナウェイの作品で、1883年に発行され1897年まで続いた当時大流行していたアルマナック(暦)があり、ビアトリクスも出版社に「グリーナウェイのようなアルマナックを作ってはどうか」と勧められ1929年を出版しました。ビアトリクスがアルマナックを作るきっかけとなったグリーナウェイのアルマナックが1883年から87年までの5年分が展示されています。

クレインの代表作は、トイ・ブック・シリーズ以外に「幼子」3部作があります。
これは、ナーサリーライムの楽譜集で、楽譜の周りに施されたデザインがナーサリーライムをイメージさせるデザインとなる凝りようで、挿絵からデザインの細部に至るまでクレインが手掛け、第1作「幼子のオペラ」がベストセラーとなったことから、続けて第2作「幼子の花束」、第3作の「幼子のイソップ」はイソップ寓話を描いたものが美しい挿絵と共にこれまた脚光を浴びました。

ビアトリクスが幼い頃描いたスケッチに、クレインの「幼子のオペラ」に収録されている「ボンド婦人」の挿絵を真似て描いたものが残されています。

MrsbondCrane.jpg

こちらがクレインの「幼子のオペラ」にある「ボンド婦人」の楽譜と挿絵

MrsBondBeatrix.jpg

こちらがビアトリクスが10歳の頃クレインの「ボンド婦人」を模写したもので、湖面のアヒルが未完成のまま終わっています。

クレインの作品に戻って、大変美しい挿絵で目を引いたのが、「フローラの饗宴」で、美しい花と妖精が描かれていて、全ページ順番に見られるよう大きなスペースを割き展示されていました。

またクレインとジャポニズムというテーマの展示もあり、クレインが魅せられた浮世絵の作品展示もあり、見どころ満載の展示内容でした。

17book10.jpg
これら展示のすべてを網羅し解説付きの図録。絵本はここから始まったという素晴らしい展示書籍の数々、大変素晴らしいものを見せていただきました。絵本に興味ある方、またビアトリクスが大好きな方もきっと楽しめると思います。展示は、5月28日まで。

詳細は千葉市美術館のウェブページでご覧ください。

ラピータの部屋「今日のひとこと」


その他 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

富士吉田市ふじざくら祭り

2017.05.13(17:55) 2146

富士山吉田口登山道、中ノ茶屋エリアに2万本のふじざくらがあり、開花時期に合わせ「富士吉田市ふじざくら祭り」が開催されます。といっても、屋台が出るのは週末だけで平日の早朝はとても静かでゆっくり桜を鑑賞できました。

17050201.jpg

フジザクラは、桜の野生種であるマメザクラのことで、富士山麓(標高1100m近辺)に生えているマメザクラをフジザクラと呼び、箱根に生えるのはハコネザクラ、金時山ではオトメザクラとも呼ばれています。
17050202.jpg
マメザクラは、花弁が小さく、ソメイヨシノのような派手さは全くなく、どちらかというと目立たずひっそり咲いているイメージですが、

17050203.jpg
2万本のマメザクラが林道や登山道の両脇にずらっと一列に並んだ姿を見ると、マメザクラってこんなに美しい花だっけと思わせるほどです。

GW後半戦が始まる平日に見に行ったのですが、フジザクラを愛でながら中ノ茶屋から馬返まで散歩がてら歩こうと思っていたら、林道をパトカーが上がってきて、呼び止められました。

「何事!」と思ったら、なんと「熊が出た」という情報があり警戒しているとのこと。熊鈴を持っていないのなら、直ちに引き返してほしいと言われました。

富士山で熊さんと出会ったら。。。お嬢さんお帰りなさいと熊さんは言ってくれないので、警察の方がご親切に伝えてくれました。
17050204.jpg

パトカーが通っていた林道は、一般車も通行可能で、1日5本バスも走っている道なので、引き返して私達も車で熊さんに会いに?馬返まで行きましたら、バーベキューされている方々が何組かいらっしゃいました。熊目撃情報は一体。。。キツネに包まれた?!

17050205.jpg

中ノ茶屋でお茶した後、日本一の金運神社、新屋山神社奥宮に立ち寄りました。こちらに向かう道中もマメザクラが咲いていました。

17050206.jpg

道の駅富士吉田で吉田うどんを食べた後、新倉山浅間神社にも立ち寄りました。こちらのソメイヨシノは終わってしまい残念ですが、忠霊塔越しに見る富士山も素晴らしい景観です。

ラピータの部屋「今日のひとこと」


ハイキング トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
2017年05月
  1. スポンサーサイト(--/--)
  2. 開館11周年記念講演 ビアトリクス・ポター生誕150周年「ピーターラビット展」の裏話のレポート(05/24)
  3. 結膜結石(05/19)
  4. ウォルター・クレインの本の仕事展(05/17)
  5. 富士吉田市ふじざくら祭り(05/13)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。