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英国旅行記2018年 湖水地方 グラスミアのチャーミングな町探索

英国
11 /07 2019
四つ目の目的地であるグラスミア(Grasmere)の町へ到着しました。アンブルサイドから車で約20分(6.4キロ)、町の中に入る登り坂に差し掛かると、それまでの広い道路から道幅が狭くなり、人通りも多く、車はゆっくり進みます。

グラスミアという地名は、古北欧語の緑を意味する言葉(Gres)と、湖(Mere)を意味する言葉の組み合わせで、まさしくグラスミア湖という周囲を緑に覆われた美しい湖が由来となっています。

そして何よりこの地に世界中から観光客を引き寄せるのは、桂冠詩人ウィリアム・ワーズワースのゆかりの地だからです。ワーズワースは、グラスミアの周囲を取り囲む山々から町を抜けて湖まで見下ろすこの一帯の谷を「人が見出すことのできる最も美しい場所」と称えました。

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私達がまず最初に向かったのは、1854年創業の菓子店「セイラ・ネルソンのグラスミアのジンジャーブレッド(Sarah Nelson's Grasmere Gingerbread)」です。

とても小さな店内は、焼きたてのジンジャーブレッドの香りが充満し、大勢の観光客が列をなしごった返していました。

ここで販売されているのは、創業当時よりあるグラスミアのジンジャーブレッドで、生姜の味がする素朴な焼き菓子です。あまりにも有名なので、ここに来たらお土産に買っておきたいもの。
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1枚 1.5ポンド(簡単な包装紙に包まれたものは賞味期限が1週間)

次に向かったのは、ワーズワースとその家族が埋葬されている墓地があることで有名な聖オズワルド教会。
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菓子店の隣にある聖オズワルド教会。
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教会内は、むき出しの垂木が天井を交差し、外観の見上げるような大きさと比較し、こじんまりとした空間でした。
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ワーズワースの墓
道路に面した教会の裏手にまわり、敷地内をほんの少し奥に入っただけなのに、鳥の鳴き声が響く静かな森が広がっていました。
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教会の敷地よりつながっているワーズワース水仙の庭園(The Wordsworth Daffodil Garden)。水仙の咲く時期は見事と思われる庭園で、グラスミアを流れるロゼイ川の散策コースへとつながっています。
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ロゼイ川
曲がりくねった川沿いに遊歩道が敷かれていて気軽に散策が楽しめます。

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菓子店の道路を渡った反対側にナショナルトラストの店があったので、ここでポケッタブルバッグを購入。ウサギ柄の折り畳むとポーチになるバッグ(5ポンド)です。

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そしていよいよダヴコテージ(Dove Cottage)へ。
ワーズワースが29歳から38歳までの9年間を過ごした家で、ここで過ごしていた時に多くの名作が生まれた聖地です。

グラスミアの町中から徒歩15分ほどのところにあり、専用の駐車場があります。駐車場内は、ほとんど車やバスも停まっておらず、それほど混んではいないのかなと思いましたが、受付で10名のチケットを買い求めたら、予約のない方は受付できないと断られてしまいました。

人気の施設は、予約をしないと入場するのが難しいようです。

私達が一応に「えっー」ってがっかりした表情をくみ取ったのか、受付してくれた方が、「グラスミアはとてもチャーミングで見るところもたくさんあるから、そちらで楽しんでね」と慰めてくれました。

皆さんと「困ったね」と話をしていた場所は、ダヴコテージの裏側にある小さな庭で、休憩スペースのようでした。
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そこに咲いていたオールドローズ
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ピンクスイトピー(Pink Sweet Pea)
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ニワシロユリ(Lilium Candidum)が満開でした。

予定していたプランは、グラスミアの滞在時間が1時間で、町をブラブラしたので既に30分経過していました。そこで少し早いけれど次の目的地へ移動しようということになり、いよいよこの旅最大の楽しみだったリングホームへ。この続きは次の旅行記のブログにて。最後までお読みいただきありがとうございました。

英国旅行記2018年 湖水地方 アンブルサイドのブリッジハウスとアーミットライブラリ―へ

英国
10 /19 2019
三つ目の目的地アンブルサイドの町に到着しました。レイカースルから車で約15分、ウィンダミア湖の北の端にあり、湖水地方の玄関口であるウィンダミアや、ボウネスと同様に賑やかな町です。

アンブルサイドという名前の由来は、古北欧語の「アメルセート(Amelsate)」で、その意味は、町の真ん中を流れるストック川と、水によって運ばれ堆積した砂州と、そして夏の牧草地という3つの言葉の組み合わせで、景色そのものが名前の由来となっています。

このストック川(Stock Beck)の小さな橋の上にあるのが、この町一番の観光スポット「ブリッジハウス」です。
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ブリッジハウス

17世紀、地元で裕福なブレイスウェイト家が、川の向こう側にリンゴ園を営み、川を行き来できるように橋を建設したのが始まりです。その後、リンゴを貯蔵するために「ブリッジハウス」という名前通り、橋の上に家を建てました。

この家が建てられた当初は、川向うに行き来できるよう、建物の両側に扉が付けられていましたが、現在はライダル通りに面した方のみ出入りできます。

人が4、5人入ると身動きできなくなるぐらいの小さな家で、外階段でつながる2階建てです。次々と人手に渡った家は、リンゴ貯蔵庫の他にも織物店、椅子メーカー、アンティークショップ、靴屋など、様々な用途で使用されました。住居として子ども6人を含む一家8人で暮らしていたという記録もあります。

この「ブリッジハウス」について、吉田新一先生の著書「ピーターラビットの世界」の第7章に、「ビアトリクスがブリッジハウスを守るように」と、ナショナルトラストへアドバイスしたことが紹介されています。詳細はぜひ書籍をご覧ください。
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ブリッジハウス ライダル通り側の入口
ビアトリクスの協力を得て、現在はアンブルサイドの伝統的な建物として、町一番の観光スポットとなりました。私達が訪れた時も次から次へと観光客が訪れ、外観を見た後、狭い家に吸い込まれていきます。

家の中は、アーチストが描いたブリッジハウスの作品が飾られ、ナショナルトラストのグッズショップになっていました。

ブリッジハウスの道路(ライダル通り)を挟んで北側に、アーミットライブラリーがあります。
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道路を渡った先にあるアーミットライブラリ―の横幕

アーミットライブラリーは、メアリー・ルイーザ・アーミットと、二人の姉の意志のもと、1912年に会員制図書館として開設されました。

コンセプトは、「学生と愛読者のための科学的、文学的、古書研究的な価値のある本のコレクションを形成する」とし、湖水地方に住む著名人の多くが、作品や蔵書を寄付しました。

ビアトリクスも、父親の蔵書を寄付したことに始まり、考古学として化石や、出土品を描いた作品、そしてキノコ学者を目指して書き溜めた300点を超える菌類の作品すべてを寄付しました。

そうしたことから、ここでは常時展示としてビアトリクスの菌類の作品が見られます。
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アーミットライブラリ―(The Armitt and museum)
手前の建物がショップと受付で、奥の1階が展示室、2階が会員制図書室。
展示室への入場料は大人5ポンド(2階も見学可能)。
1階の展示室は撮影可能でしたが、2階の図書室は撮影禁止。

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1階展示室では、スペースの半分ほどを利用し、「イメージ&リアリティ ビアトリクス・ポター展」を開催中でした。

ビアトリクスの生きた時代から、化石に興味を持った考古学、菌類を夢中になって描いたキノコ学、農場経営者、自然保護活動家、女性実業家など、知られざるビアトリクス自身の物語を、彼女が残した言葉を含めながら、想像と現実を伝える展示です。
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各項目毎に大きなパネルが掲げられており、彼女の生きた時代についてのパネルでは、19世紀後半の産業革命後、人口の増加で世界最大の都市となったロンドン。ビアトリクスは、父や叔母と連れだって展覧会で巨匠と呼ばれる人たちの絵画作品を鑑賞するのが楽しみのひとつでした。しかし、心はロンドンにあらず、常に自然豊かなスコットランドや湖水地方に向けられていました。

その頃湖水地方では、ウィンダミア湖でスケートを楽しむ人々、鉄道がウィンダミアまで来たことによる急速な駅周辺開発と裏腹に、湖の西側の集落は、ナショナルトラストの新たなる鉄道計画の反対運動や、自然保護活動などにより、牧歌的な田舎の風景が残されました。

まずはビアトリクスの生きた時代背景の解説があり、ビアトリクスの絵本作家だけではない知られざる人生についてを紹介しています。

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「羊飼いのためのガイドブック(The Shepherd's Guide)」より
このページには、どの農場の羊か分かるように、必ず入れられる「スミットマーク(Smit Marks)」についての解説が示されています。

『ティギーおばさんのおはなし』で、ティギーおばさんが「どの農場でも必ず印をつけておくんです!」と言ったそのマークです。

こうした農場のマークは、毎年発行されるガイドブックに掲載され、伝統として受け継がれています。

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キンチャヤマイグチ(英名:Orange Birch Bolete)
ビアトリクスが描いたキノコの作品。森にキノコがどのようにはえているのか、枯葉の上なのか、草なのか、それとも木についているのかなど、そのようなことまで作品が伝えてくれます。
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シロエノクギタケ(英名:Spike Cap)

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アーミットライブラリ―は、はるか昔から現在までのアンブルサイドの暮らしが分かるようなものを示したいという望みがあり、少しずつ出土品や遺物などを収集していました。ビアトリクスもその点を理解し、20代の頃描いたバックラーズベリーで出土した金属と骨の加工品や、ロンドンで出土したローマ人のサンダルなど、考古学として描いた作品を寄贈しました。

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ビアトリクスがキノコ学者を目指し、勉強していた頃に使用した顕微鏡のプレパラートと、キノコのスケッチ作品を収納していたビアトリクスお手製の紙ばさみ。
紙ばさみは全部で8冊になり、表側は模様入りの木綿の布でカバーされ、内側は無地の木綿で裏打ちされているもの。


『ピーターラビットのおはなし』を出版した翌年の1903年、絵本のキャラクターを使ってコピー商品が出回ることに端を発し、自身でぬいぐるみを制作し、特許を取得したビアトリクス。こうした絵本の関連商品は人気があり、その後次々と商品化されました。

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ピーターラビットゲーム、ジグソーパズル、塗り絵、陶器、壁紙などなど。彼女の女性実業家としての才能として、これらのグッズも一部展示されています。いわゆる本業の絵本製作とは別に副業としてのこれら商品展開は、後々の出版社の経営や、ビアトリクス自身の大切な収入源となっていきました。
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ビアトリクス本人から、アーミットライブラリ―に寄贈された初版本のコレクション。

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こちらは、この展示会の内容をあますことなく紹介したガイドブック。
「Image & Reality Beatrix Potter A Portrait of an Extraordinary Woman」3ポンド

アンブルサイドに10時40分ぐらいに到着し、ブリッジハウスとアーミットライブラリ―を見学し、ちょうどランチタイムになると思ったので、ランチできるお店の候補を3軒ほどピックアップしていました。

最初に行ったのは、ブリッジハウスに近い「アップルパイカフェ(The Apple Pie Cafe & Bakery)」で、他の候補の店にも案内しようと思ったら「ここにしましょう」となり、総勢11名、お昼時に全員座れるか不安でしたが、大人数用の奥のテーブルが空いていてラッキーでした。
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この店名物のアップルパイにアイスクリーム添え 4.75ポンド

ランチも済ませ、再びデレックの待つ駐車場へ向かいましたら、メンバーのお一人が「バッグがない!!!」と気づき、大慌てで食事した店へと急ぎました。すぐに引き返したのが良かったのか、湖水地方は悪い人がそれほどいないのか、椅子の背に引っかかったままでバッグが見つかりました。

もしここで盗まれてしまったらと考えると、後半のスケジュールがすべてキャンセルになりますし、本当に良かったです。

気を取り直してバスに戻り、次の目的地グラスミアへと向かいました。この続きは次の旅行記のブログにて。最後までお読みいただきありがとうございました。

英国旅行記2018年 湖水地方 ウィンダミア湖畔にあるレイカースルへ

英国
10 /09 2019
二つ目の目的地レイカースルは、湖水地方で最大の湖、ウィンダミアの北西の湖畔にあります。前日、ヒルトップ農場へ向かう道中で、一瞬だけレイカースルが見えました。
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こちらが一瞬だけ見えたレイカースル
手前がウィンダミア湖で、その先の森に囲まれ要塞のような建物の塔の一部が見えます。この辺りの森は、地名にちなみ「ワットバロウの森(Watbarrow Wood)」と呼ばれています。
その時の様子は「ヒルトップ農場へその1」でどうぞ。

レイカースル(Wray Castle)は、ビアトリクスが湖水地方に初めて訪れた1882年、16歳の時に滞在した屋敷です。

その屋敷は、18世紀後半から19世紀にかけて流行ったゴシック・リバイバル建築(Gothic Revival style)で、1840年リヴァプールの医師ジェイムズ・ドーソンが、妻の父親のジン製造で得た利益で建てました。

妻の父、ロバート・プレストンは、リヴァプールでドライジン(蒸留ジン)を製造し、その蒸留所があった町の通りの名前に、ジンには欠かせないボタニカルであるジュニパー(西洋杜松)にちなんで、「ジュニパー通り」と名付けられるほど繁栄しました。

肝心の妻マーガレットは、夫の建てたレイカースルを見るなり二度と足を踏み入れることはなかったそうです。

ビアトリクスは、建物の奇抜さよりも、室内のアンティークな家具に魅せられ、もし自分が家を建てたらこのような家具を並べたいと、書斎や屋敷内の廊下をスケッチし魅せられました。

さて私達は、レイカースルで行うミッションがありました。ビアトリクスがレイカースルの前で撮影した有名な記念写真と同じ位置で撮影を行うこと。私も初めて訪れる場所なので、恐らくこの辺りだろうと予習はしていたものの自信はありません。

いざ撮影しようとしましたら、あろうことか車が1台横づけされていて、どうしても写りこんでしまいます。脚立を屋根に積んだ関係者の方かと思い、車を動かしてもらえるよう頼んでみましたが、こっちも困ると相手にしてくれません。みんなで「ちょっとぐらいどかしてくれてもいいのに」とブーブー言いながら(笑)撮影しました。

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撮影位置は、ビアトリクスの記念写真と見比べると、もう少し後ろにさがって撮影した方が良かったみたいです。
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こちらは正面入口

威圧的で圧倒的な存在感のある建物は、真ん中にある背の高い塔が中心となりその周りに城郭風な屋根が並び、その周りに矢を入れる切れ目の入った小塔が覆っていて、窓は垂直にスライド開閉する落とし格子の窓で、印象的なコントラストを与えています。
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敷地面積は、830エーカー(東京ドーム71個分)で、ウィンダミア湖に向かって森が広がり、反対側の敷地は牧草地が広がっていました。周囲はフットパスが完備されていて、ウィンダミア湖までの散策も楽しめます。
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この先は入場料が必要 大人9.6ポンド

建物の内部は、長い間子ども為の施設として利用され、一般開放されていませんでした。現在は内部も見学できますが、ビアトリクスが魅せられた調度品など、子どもの室内遊び場(遊具)となっているため撤去されました。装飾を施した柱や、高い位置に張り出した天井の梁、建物の構造物はその当時のまま見られます。

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そしてウィンダミア湖を一望できるこの景色も、建物の上階の方がより全体を見渡せると思います。

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私達は、もうひとつのミッションのために、小雨降る中をミニバスで通り過ぎた最初のゲートへ向かって、ぞろぞろと歩きだしました。

レイカースルに行ってみて分かったお勧め見学コースは、まずはレイカースルのゲート前で停車し、ゲートの右隣りにある聖マーガレット教会を見学後、再びバスに乗り込みレイカースルへ。このように見学すれば、ゲートからレイカースルまでの約1キロ(片道 徒歩10分から15分)の往復をカットできます。

まさか敷地内がこんなに広いとは想像もしていなかった。雨さえ降ってなければ、牧草地を横目に見ながら楽しいお散歩になったかもしれませんが。

聖マーガレット教会は、ビアトリクスが初めて湖水地方に滞在する5年前、1877年にロウレイ(Low Wray)区の教区牧師として、ハードウィック・ロンズリーが赴任しました。

ローンズリー牧師は、湖水地方の美しい自然に魅了され、自然景観保護のための活動を行い、やがてナショナルトラストの創設者として、永遠に語り継がれる存在となりました。

そんな運命的とも言えるビアトリクスと、ローンズリー牧師が出会った場所こそがレイカースルでした。

河野先生の書籍「ピーターラビットの世界へ ビアトリクス・ポターのすべて」の第7章で紹介されている「聖マーガレット教会」について、「レイ・カースルに訪れるときは、ぜひとも訪れていただきたいスポットです」とあります。
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聖マーガレット教会

現在は、建物の保存がされているものの、利用はされておらず、外観を見るだけです。見学者は、私達の他に先に来ていたピーターたちのようです。
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教会の入口に、ローンズリー牧師についてのパネルがひっそりと飾られています。

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お散歩中に見つけたタマフジウツギ(Orange Ball Tree)
黄金色のボールのようなオレンジの花をたくさん咲かせていました。
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ヤマヤグルマギク(Montane star thistle)
名前の通り高地に咲く花。

予定通り9時40分に到着し、ふたつのミッションを成功させ、10時30分に次の目的地であるアンブルサイドへ移動を開始しました。予定外だったのは天気だけ。絶対に晴と信じていたのに、これだけはどうしようもないことですけれどもね。この続きは次の旅行記のブログにて。最後までお読みいただきありがとうございました。

英国旅行記2018年 湖水地方 朝食後最初の目的地トラウトベックパーク農場へ

英国
10 /06 2019
英国 湖水地方に滞在し3日目の朝を迎えました。2日目の朝は、朝食リクエストを前日の夜までに出し忘れ慌てましたが、3日目はじっくりメニューを選んでリクエストしたので、朝から盛りだくさんです。
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ベーコン、マッシュルーム、ベイクドビーンズ、グリルトマト、スクランブルエッグ、ヨーグルト、ジュース、コーヒー、パン
パンは、ホワイトかもしくはブラウン、それともその両方のミックスと選択できました。

天気は今にも雨が降りだしそうな曇り空の中、最初の目的地のトラウトベックパーク農場へ向かいました。ボウネスの宿から車で約20分ほどでした。

この農場は、ビアトリクスが1923年、57歳の時に、敷地約1900エーカー(東京ドーム164個分)を取得し、湖水地方で最大級となる農場の地主となりました。

これまでは、ヒルトップ農場で農場経営のノウハウを学ぶ日々だったビアトリクス。そしてこの広大な敷地を得ることにより、彼女のそれまでの農場経営のキャリアを、さらなる高みへと引き上げた場所となりました。

大規模農場となると、これまでのやり方と同じでは通用しません。また平地ではなく気温差が激しい高原牧場の難しさ、牧羊夫も優秀な人材でなければ務まりません。ビアトリクスの遺骨を散骨したことで知られているトム・ストーリーは、トラウトベックパーク農場の牧羊夫として1926年に雇われ、その後17年間苦楽を共に過ごした仲間となりました。

私達は、このトラウトベックパーク農場こそが、彼女にとって農場経営をさらに面白くさせた、人生におけるターニングポイントのひとつでもあるように感じていたので、是非ともこの目でどのような場所なのか見ておきたいと思ったのです。

問題は場所でした。観光スポットではありませんので、農場近くで見学するのは不可能です。もしできるだけ近くで見たかったら、徒歩でフットパスを利用すれば、もう少し近くで見ることは可能のようでした。しかし、徒歩となると半日はかかりそうです。

不安と期待が入り混じった中、一度はそこに行くのを諦めましたが、「憧れの湖水地方をとことん堪能!北部10湖巡りツアー」というミニバスツアーで、カークストン峠に行く途中に、トラウトベックパーク農場が見える場所でバスを停めて、写真撮影することができたという情報を友人より聞きつけ、それもそのツアーを主催しているのは、私達が利用していたマウンテンゴート社でした。

こうして私達も無事に、カークストン峠に続く道路の途中にある路側帯にバスを停め、バスの乗り降りする際に十分注意するよう言われましたが、無事に高台より見ることができました。


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朝靄がたちこめるトラウトベックパーク農場

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手前に建ち並ぶ建物は、必要に応じてビアトリクスが増やしていった母屋となっているコテージ、羊飼いのための宿泊施設や、犬舎や恐らく納屋なども。

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円筒形の煙突、縦と横に仕切りのある窓もそのまま保存されているようです。

ビアトリクスは、ここでの農場経営が楽しく、「神秘的で静寂に満ち、ささやくようなこだまが聞こえる場所」としました。
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『妖精のキャラバン』ビアトリクス・ポター(著)久野暁子(訳)福音館書店(刊)より

石造りのコテージを描いた挿絵は、『妖精のキャラバン』に登場します。おはなしでは「日の当たる開けた牧草地は、とても気持ちがいいものです。薄暗い林の中にいた後ではなおのことです。牛や羊がのんびりと草を食み、子羊が飛び跳ねています。」と、この農場での様子を表現しました。

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建物の後ろにそびえるこんもりとした山は、「Tongue」と呼ばれる古北欧語の「tunga」が語源の言葉で、2つの谷の間にある卓状地(楯状地のうえに地層が重なる台地 テーブルランド)という意味です。母屋から一気に地形が盛り上がる様が、実際で見た方がよりリアルに伝わってきました。

カークストン峠へと向かう道路は、湖水地方の峠道の中でも1,2位を争うほどの標高差がある峠道なので、この農場はその手前にあり、かなりの高さより農場を見下ろしたことになります。

こうして短い時間でしたが、車で近づけるぎりぎりの場所で、トラウトベックパーク農場を見ることができました。

次に少し戻ることになりますが、私も初めて訪れるレイカースルへ向かいました。その道中、ビアトリクスが飼育に夢中になったギャロウェイ種の黒牛がいました。

主にスコットランドの低地特産種として飼育された角無し種で、南西部のギャロウェイに古い起源をもつ牛です。ビアトリクスは、弟のバートラムがスコットランドで農場経営していたこともあり、姿の美しさをもちろんのこと、痩せた土壌への対応力もあることから、ヒルトップ農場で飼育していた牛です。

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運転手のデレックが道端に車を停め、「ご覧、ギャロウェイだよ」と教えてくれたので、これがギャロウェイなんだと分かった次第です。

デレックが「moo, moo(モーモー)」と呼びかると、こっちを向いてくれました。お腹に白い腹巻しているのような模様がとても可愛いですね。バクに似てる?

弱い雨が降ったりやんだりの空模様は相変わらずでしたが、次の目的地レイカースルまで車で40分ほどでした。この続きは次の旅行記のブログにて。最後までお読みいただきありがとうございました。

英国旅行記2018年 湖水地方 ハウズ湖とユーツリー農場へ

英国
09 /27 2019
迷路のような楽しいホークスヘッドをぐるぐるとまわった後、車で30分ほどのところにあるハウズ湖(Tarn Hows)へ。

ハウズ湖の駐車場に到着した頃、空一面が厚い雲におおわれ、所々もやに包まれていました。駐車場の周りの木々からは、美しい鳥の鳴き声が聞こえ、辺りをよく見ると、餌かごがぶら下がり、これらを求めて鳥たちが集まっていました。
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チャフフィンチ(和名:ズアオアトリ)
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ナショナルトラストが所有するハウズ湖
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ここは、ビアトリクスが1929年に、モンク・コニストン領地と呼ばれる広大な地所(約4000エーカー)を取得した際、その地所にハウズ湖も含まれていました。

その後、地所の65%をナショナルトラストがビアトリクスより原価で買い取り、残りはナショナルトラストに遺贈されました。この地所は、ハウズ湖以外に、7つの農場、無数のコテージ、多くの採石場、広大な林地、コニストンの町まで続く開けた丘原を含みます。
ハウズ湖は、ビアトリクスの意志でもある景観をそのままの状態で保存することを頑なに守り続けているため、湖周辺は駐車場があるだけで、多くの観光客が訪れる観光地でありながら、景観を邪魔する建物は何一つありません。あるのは、駐車場にトイレがあるのみです。

「ターン・ハウズ(Tarn Hows)」という名前の由来は、古北欧語の小さな湖(Tarn)という意味と、小山(hows 古北欧語のhaugr)という意味の二つの言葉の組み合わせで、日本語で「ターン・ハウズ湖」と書くと、「湖ハウズ湖」と湖が重なるので、ターン・ハウズか、もしくはハウズ湖となります。

この湖は、19世紀に3つの小さな湖(Low、Middle、High)をせき止め、ひとつの大きな湖とした人口湖です。周囲にカラマツ林が植林され、他の湖と雰囲気が異なります。
この湖の美しさは、湖とカラマツの森と背景の山並みが一体となった景色で、駐車場側にある高台から天気が良ければパーフェクトな景色が見られます。
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私達は残念ながらこのような景色でした。山並みが雲に隠れてしまった分、湖の美しさが際立ちました。松林が美しい日本の兼六園に少しだけ雰囲気が似たところもあります。
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もし時間があれば湖を一周するのも楽しいかもしれません。散策用の遊歩道が完備されていて、1周2.4Kmです。手前の白く見えるのが散策用のコース。


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次に向かったのは、ユーツリー農場(Yew Tree Farm)です。

ここは、映画「ミス・ポター」(2006年公開)で、ヒルトップ農場として撮影されたロケ地です。日本でも映画公開以降、雑誌等の湖水地方特集で取り上げられ、日本からの観光客も増えているように思います。

ハウズ湖から車で15分ほどのところにありますが、車がないと行くのに不便な場所です。近くにミニバスが停車できる駐車場はないので、ほんの少し離れた場所から道路沿いを歩いて向かいました。
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映画にヒルトップ農場として登場したコテージ

ポターギャラリーでも紹介したBS朝日で放送された番組で、ディーン・フジオカさんがユーツリー農場にも訪れていました。ディーンさんも気になった存在感のあるコテージは、300年以上の歴史があると紹介されました。

コテージはB&Bとして宿泊できます。食事は朝食のみですが、近くに食事できるレストランもあると公式ホームページに記載されていました。


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ユーツリー農場は、1929年ビアトリクスが取得した、ハウズ湖を含むモンク・コニストン領地に含まれる7つの農場のひとつで、コテージの奥に見えるホルム山(Holme Fell)まで700エーカー(東京ドーム60個分)の広大な地所に、ハードウィック種の羊を育てています。

私達は、ユーツリー農場の観光情報が乏しく、行き当たりばったりでしたが、入口近くにあるコテージと、その向かいに建つコテージより大きな施設「紡績用の部屋(Spinning Gallery)」は、道路沿いから見るだけでなく、地所内に足を踏み入れて、建物外観のみ見学できました。

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紡績用の部屋(Spinning Gallery)

1900年初頭に建てられたこの施設は、ウールを乾かすために使用されましたが、ビアトリクスはこのような施設を保存する価値は大きいと考え、建物が老朽化した際も自費で補修に努めました。
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現在は「ユーツリー農場肉屋」としてオープンしています。
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雄鶏が「肉屋はこっち」と、案内してくれました。

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こうして、この日の観光も無事終わり、ホテルに戻った後、夕食へと出かけました。この日の食事は、日本からツアー会社に頼んで予約した「The Village Inn」です。

当初の旅の予定では、この日と次の日は河野先生のガイド付きで、各スポットを巡る予定でしたが、大事な約束があるということで午後からキャンセルとなりました。でもこの日の夕食は、ガイドのお礼を兼ねて先生の分も予約していたので夕食は是非一緒にとお願いしておりました。

しかし、店に入って再びトラブル発生!なんと先生の食事は、追加予約したのに、店側は「聞いていない」の一点張りです。

すぐさま現地のツアー担当者に連絡し、店側に確認してもらうも、これがすんなりOKとはならなくて、すったもんだした挙句ようやく解決しました。
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付け合わせ パンとオリーブ
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メイン料理 フィッシュ&チップス

なんとか落ち着きを取り戻し、ようやく食事がスタートしたのですが、今度は先生より、衝撃の告白が。。。

「明日のガイドだけど急にスコットランドに行くことになったからごめんね」
「えっえーーーー!」

なんということでしょう!
次の日の予定は、私も初めて行く箇所が多く、先生がいらっしゃるから大船に乗ったつもりでのんびり構えていたのですが、それ以降食事もあまり喉を通らず、特に心配だった「スケルギル農場でゲートが閉まっていたらどうすればいいのでしょうか」と質問したところ、「行けばなんとかなる」と一笑に付されました。

旅はハプニングの連続ですね!

という訳で英国に到着して2日目までの報告が終わりました。次回の英国旅行記は、3日目よりスタートします。最後までお読みいただきありがとうございました。

英国旅行記2018年 湖水地方 ホークスヘッド散策とビアトリクス・ポター・ギャラリーその2

英国
09 /03 2019
ヒルトップ農場のあるニアソーリーから、車で15分(徒歩約50分)ぐらいの場所にあるホークスヘッド(その1で紹介)に到着し、町の散策した後の続きです。

ホークスヘッドは、散策も楽しいし、ショッピングも楽しい。またカフェでゆっくりお茶するもの楽しい。でも散策やショッピングに夢中になっていると、ビアトリクス・ポター・ギャラリーは午後4時(受付は15時半)に閉館するので要注意です。

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ビアトリクス・ポター・ギャラリーの建物は、ビアトリクスの夫ウィリアム・ヒーリスが弁護士事務所として使用していた場所で、1987年にオフィスが空き家となり、ウィリアムの遺産手続きに基づき、建物の所有権がナショナル・トラストとなりました。その翌年の1988年に、博物館&ギャラリーとしてオープンし、彼女の500点を超える原画を展示するスペースとなりました。

そもそもウィリアムとの出会いは、ビアトリクスがヒルトップ農場を購入した3年後の1908年、土地購入に関して助言してもらうためこの弁護士事務所を訪れたのがきっかけでした。そしてその出会いから5年後の1913年、ウィリアムとビアトリクスは、ロンドンの教会で結婚式を挙げました。

現在ギャラリーがある建物の受付部分は、前回の英国旅行記ブログで紹介したとおり『パイがふたつあったおはなし』でタビタおくさんの雑貨屋として描かれた場所です。そしてさらにその隣、ギャラリーではない方の建物「ベンドorバンプコテージ(Bend or Bump Cottage)」は、ウィリアムの父と父の兄である叔父さんが、ホークスヘッドに借りた初めての事務所でした。
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ベンドorバンプコテージ(Bend or Bump Cottage)
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ビアトリクス・ポター・ギャラリー 入場料 大人 6.8ポンド

入場料を支払う際、団体料金の人数条件(8名以上)は満たしていたので、11名で料金1人6ポンドで入場できると思ったら、「団体ではなく、個人料金」ということで受け付けてもらえませんでした。日本から出発間近に、「団体で入場する際は、大概の施設は事前に電話で予約が必要になる」と連絡が入り、ヒルトップ農場は前日に団体予約コードを受け取ったので入場できましたが、まさかほとんどの施設で事前予約が必要だったとは!!

今回の場合は、個人料金1人6.8ポンドを支払えば、全員一緒に入場するのは問題なかったので、ギャラリーに無事入ることができました。

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受付のカウンターに置かれた天秤ばかり。『「ジンジャーとピクルズや」のおはなし』に描かれたもの。

『「ジンジャーとピクルズや」のおはなし』に描かれた天秤ばかり。裏見返しにこの秤の全体像が描かれていて、見れば見るほど描かれたそのものというのが分かります。

受付を通り抜け次の小さなフロアで、別のスタッフによるカメラ撮影に関する注意がありました。作品に近づきすぎないことや、フラッシュ撮影は禁止など。

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ギャラリーは2階で、1階はウィリアムが弁護士事務所として働いていた場所を再現し、ビアトリクスの写真や手紙を展示しています。展示されている家具は、その当時使用されていたものや、もしくは再現されたものだそうです。
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狭く急な階段を2階へ

2階は、天井は低いものの広々としたスペースにビアトリクスが描いた絵本の原画が飾られています。2016年のビアトリクス・ポター生誕150周年記念として、日本で大規模原画展が開催されましたが、展示された原画はここからやってきました。この時に展示された200点ほどの作品は、今後4、50年休ませる必要があるという話もあったので、当分見ることはできないかもしれません。

BS朝日で放送された「ディーン・フジオカ 初のイギリス旅 美しき湖水地方ピーターラビットの世界を訪ねる」で、このギャラリーを訪れたディーンさんが原画をご覧になり、「色の使い方がすごい。その景色がそこにあるみたいに描いている。ファンタジーだけど現実の世界観がそこにある」と感想を述べられていました。

ここはビアトリクスが絵本に描いたオリジナル作品が常時展示されている唯一の場所で、私達ビアトリクスファンにとってはヒルトップ農場がビアトリクスが愛した景色や、好んだアンティークな品々を見ることができる場所とするならば、彼女が愛した湖水地方の景色を物語の挿絵に描き、キャラクターたちが今に動き出しそうな躍動感あふれる作品の生の姿を見ることができる場所なのです。

最初に紹介しましたが、このギャラリーが所蔵するビアトリクスの作品は500点余りで、その内訳は『ピーターラビットのおはなし』、『グロースターの仕たて屋』、『フロプシーのこどもたち』を除く他すべてのおはなしの原画や、彼女の書いた手紙や写真、絵本の挿絵の背景として描いたスケッチ作品も多数あります。

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今回は、『こぶたのピグリン・ブランドのおはなし』、
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『あひるのジマイマのおはなし』、
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『ひげのサムエルのおはなし』、
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『「ジンジャーとピクルズや」のおはなし』などが展示されていました。展示はケースの中に2枚がセットなり、作品の下にキャプションが添えられ、さらに下には訪れたお子さんが書いたのか、手書きのラベルが貼り付けてありました。

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そして最も多くの原画が展示されていたのは、2018年に出版100周年を迎えた『まちねずみジョニーのおはなし』でした。他のおはなしは2点から多くても4点の中、こちらは10点展示されていました。
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『まちねずみジョニーのおはなし』より、野菜畑で生まれたチミー・ウィリー

ギャラリー内の室内は暗く、間接照明がケースのガラスに反射し、上手に撮影することができませんが、水彩画作品は光に弱く作品に与えるダメージを最大限減らさなければいけないので、今後100年、200年と保つためには致し方ありません。こうして見られるだけでも幸せ者です。

ギャラリーは原画の展示だけでなく、毎年異なる企画展を開催しています。こうした企画展を通して、ビアトリクスの偉業について知ることができる場所でもあります。今年はビアトリクスが尽力した地域看護婦協会について紹介されていました。

ビアトリクスは地域の看護師、それも家庭や地域の人々の看護を向上させる「クイーンズナース(Queen's Nurse)」が必要と考え、これらを実現するために奔走しました。
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これらの活動の中心となって行動した彼女は、1919年、ホークスヘッド地域看護協会より「クイーンズナース」として初めて訪問看護が実現しました。こちらはクイーンズナースより、ビアトリクスに宛てたポストカードと、クイーンズナースのバッヂと共に、『妖精のキャラバン』より、朝が遅いルイーザがベッドで寝ている挿絵が紹介されていました。訪問看護の紹介だけに、ベッドで寝ている挿絵が相応しい?!
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クイーンズナースは、地域医療サービスと助産術で活躍し、ビアトリクスは資金援助だけでなく、看護を必要としている人の情報、看護師の住居や移動の為の車なども提供していた。こちらは、『「ジンジャーとピクルズや」のおはなし』で、やまねのジョンさんがベッドで寝ている挿絵と一緒にこれらエピソードが紹介されていました。
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ビアトリクスの肖像画とマントルピース。ディスプレイされていたのは、麻のロープで作ったハードウィック種の羊。
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材料が用意されていて、自由に作ってお土産にしても良かったみたいですが、不器用な私には難しそうでした。

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天井が低いのは、2階建ての建物と思われたさらに上に屋根裏部屋があるためです。さらに上に続く階段は立ち入り禁止。

上がってきた階段とは違う別の階段で1階におりると、そこはこじんまりとしたショップでした。ヒルトップ農場のショップをさらにこじんまりした感じのショップです。
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『まちねずみジョニーのおはなし』出版100周年の記念本が、表紙に描かれたまちねずみジョニーが持つブリーフケース風ボックスにディスプレイされています。野菜が入ったバスケットではありませんが、チミーも眠りこけていました(笑)。この表紙に描かれたまちねずみジョニーは、ホークスヘッドに住んでいた、夫ウィリアムの親友パーソン医師がモデルで、二人でよくゴルフをしていたんだとか。なので、もう片方の手にはゴルフバッグが握られているのですね。

こうして私達は、午前中にヒルトップ農場を見学し、午後からビアトリクス・ポター・ギャラリーも見学することができました。なんて贅沢な一日なんでしょう。ホークスヘッドでたっぷり時間を取っていたのですが、この町に到着した時に老人に声をかけられた通り、段々と雲行きが怪しくなり今にも降りだしそうでした。

全員揃ったので、次の目的ハウズ湖へ。今回の旅は本当に盛りだくさんで、一日で頑張ればこんなにまわれるということが分かったという旅でもあります。この続きは次の旅行記のブログにて。最後までお読みいただきありがとうございました。

ラピータ

ピーターラビットの生みの親ビアトリクス・ポターの愛好家で、作品について、開催されたピーターラビットのイベントやグッズ紹介、ピーターラビットの故郷英国について紹介するホームページ「ラピータの部屋」のブログです。
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