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NHKザ・プロファイラー~夢と野望の人生~「ビアトリクス・ポター」紹介の感想について

ビアトリクス・ポターについて
04 /16 2019
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ビアトリクス・ポターの生涯を、「何故ピーターラビットを描いたのか?」、「何故デビュー作をヒットさせることができたのか?」、「何故湖水地方に移り住んだのか?」という3つのテーマと、それぞれのキーワードで構成された番組。

それぞれのテーマ毎に制作されたVTRを見ながら、気になった「キーワード」をピックアップして、スタジオトークが繰り広げられました。

「歴史が大好きな岡田准一氏が、時代を動かした人物たちの謎に挑む。栄光と苦難の生涯を生きた先人たち感動の人間ドラマ」というのが、番組コンセプトです。

VTR出演は、ビアトリクス・ポター協会の発行する「Journal & Newsletter」の元編集者でビアトリクス・ポター研究家のリビー・ジョイさんと、同じくビアトリクス・ポター協会のリエゾン・オフィサーを務め、大東文化大学 文学部英米文学科教授の河野芳英さんと、精神科医の香山リカさんが、要所、要所に出演され、ビアトリクスのエピソードや、解説、作品から読み取れることなどを盛り込まれていました。

ここからは番組を見て、私が感じた感想です。

タイトルに「本当は怖い『ピーターラビットのおはなし』」とありましたが、ビアトリクスが作品にある怖い話しの部分よりも、むしろビアトリクスの生きた時代、女性にとって厳しく、また両親、とりわけ母親の愛情のかけらも感じない、娘を道具か、駒のように扱うつれなさの部分がクローズアップされていたように感じました。

ビアトリクスは幼少期から青年期にかけ、その時代のお金持ちの娘がそうだったように、住み込みの家庭教師により教育を学びました。同世代の友人は一人もいない環境で育ちました。そんな友人も少ない中、「絵を描くことが好き」という気持ちを忘れずに、友達のように一緒に育ったペットである動物や、植物を描くことで生きてきた。

そして、「絵を描くことが好き」でつかみ取った運命と、最後には自分を導いてくれた動物たちへの感謝の気持ちが、自然保護活動につながっていった。ビアトリクスは、最後まで人間を上手に描くことはできなかったけれど、それは育った環境にあり、友達は動物だったから。

ビアトリクスの生きた時代、親の希望する相手と結婚することこそが、女の幸せ、家族の幸福と信じて疑われない時代に、一石どころか、二石、三石と石を投げ込み、強い意思と、諦めない気持ちで、自分が思い描いた理想を成し遂げた女性、ビアトリクス・ポター。

スタジオトークも、いちいちうなずいてしまうぐらい納得のご意見ばかりで、特に私が心動かされたのは「創作の源は母だったのではないか?母に自分の作品を認めて欲しい、理解して欲しいという思いがあったのでは」という意見でした。

ビアトリクスは、母について語ることは滅多になく、研究者の間でも謎に包まれた部分が多い女性ですが、その母が亡くなった時お悔やみのお手紙の返事に、

「母の頭は素晴らしくはっきり(wonderfully clear in mind)していました。でも安らかな眠りにつけてよかったと思います」
(出典:『ビアトリクス・ポター ピーターラビットと大自然への愛』著:リンダ・リア 訳:黒川由美)

と、1933年エレノア・ローンズリーに宛てた手紙に書かれていました。

93歳という高齢で亡くなった母ヘレン。ビアトリクスの人生の岐路となる折々で、彼女の決断を揺るがす大きな壁となり立ちはだかりました。でもその壁があったからこそ、ビアトリクスは強くなれたのではないか。母ヘレンの存在は、ビアトリクスにとって超えることができない壁だったかもしれない。でもここを超えなくてはという気持ちが、「諦めない人生へ」とつながっていったのかもしれないと思いました。

改めまして、TV番組は限られた時間内で、上手にまとめられて、尚且つ感動しました。


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こちらは、「ザ・プロファイラー」には関係ないけれど、ビアトリクスが1927年に開発業者の手に渡るのを守った土地、ウィンダミア湖畔のコックショット岬です。昨年訪れた湖水地方で、一緒に行ったメンバーの中でも、とっても素敵で気持ち良かったと意見が一致した場所です。そんな場所がもう一カ所あります。それはまた旅行記ブログで紹介します。

以上、NHKザ・プロファイラー~夢と野望の人生~「ビアトリクス・ポター」紹介の感想についてでした。

大東文化大学ビアトリクス・ポター資料館記念論文集

ビアトリクス・ポターについて
04 /19 2017
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<大東文化大学 ビアトリクス・ポター資料館 開館10周年 記念論文集 2017年3月刊>
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2016年4月に開設10年目という節目の年を迎えたビアトリクス・ポター資料館が、記念論文集を刊行しました。

この記念論文集に論文を寄せられたのは、立教大学名誉教授の吉田新一先生、大東文化大学教授の河野芳英先生、ビアトリクス・ポター資料館の学芸員の鈴木茜さん、英国ビアトリクス・ポター協会会員の光藤由美子さん、同じく会員の小林和子こと「ラピータの部屋」管理人 ラピータの5名の執筆者による論文集です。

この論文集に執筆することになった経緯は、昨年の9月に話はさかのぼりますが、「ビアトリクスについて論文を書きませんか?」と河野先生に依頼され、論文なんて書いたことない私にはとても無理と思いましたが、「返事は『YES』か『はい』のどちらか」と言われ承諾しました。

まず論文のタイトル「ビアトリクス・ポターとウサギ」は、すぐに思い浮かびましたが、何をどう書けばいいか雲をつかむような所からのスタートでした。

昨年7月に担当した「ビアトリクス・ポター生誕150周年記念講座」で色々と調べたことをベースに、ビアトリクスが飼っていたウサギ、ベンジャミンとピーターに着目し、日記に記載されたウサギに関するエピソードを含めた記述を時系列で紹介しながらまとめました。

ビアトリクスが幼い頃より飼っていた動物は、イヌ、ネコ、ネズミ、カメ、ヘビ、トカゲなどに加え、避暑地に出かけた先から持ち帰る昆虫類も含め、小さな動物園のような子供部屋で暮らしていました。そんなビアトリクスにとって、ウサギとはいかなる存在だったのか、数ある愛玩動物のひとつだったのか、それともそれ以上の存在だったのか?

そして『ピーターラビットのおはなし』のモデルとなった、ピーターの性格や行動は、おはなしにどのような影響を与えたのかなどを解説しました。

資料館の発行する冊子ということで、論文集ですがまったく堅苦しくない美しい装丁に仕上がり、一般の方々にも手にとって気軽に読んでもらえる雰囲気です。このような貴重な体験を積ませていただき感謝感激です。ありがとうございました。

さて、私にとってウサギとは「気づきの大切さを教えてくれた存在」でした。優しさだったり、生きる力だったり、ウサギの一生を通じて様々なことを観察することで学ばせてもらいました。今から思えばウサギと一緒に生活できた10数年は、私に色々な思いを届けに来てくれた天使たちだったのかもしれませんね。

迷宮美術館

ビアトリクス・ポターについて
06 /08 2009
 本日午後10時より、NHK BShi にて放送された「迷宮美術館」は、「絵本の中の人気者」と題し、ディック・ブルーナの「ミッフィー」、トーベ・ヤンソンの「ムーミン」、そしてビアトリクス・ポターの「ピーターラビット」が紹介されました。

 <迷宮伝説>
 「ビアトリクス・ポターが生んだいたずらうさぎ、ピーターラビット」

 ビアトリクス・ポターの生い立ちに始まり、その時代裕福な家庭の子供がみなそうであったように、学校には通わず、乳母が養育し、家庭教師が教育する。このようにして育てられたポターは、友達と呼べる人が周りにいなかった。しかし、寂しい思いをしていたかといえばそうではなく、子供部屋にトカゲのジュディ、ヘビのサリー、かたつむりのビル一家、もちろんうさぎも。一緒に暮らしているペットたちが友達だったこと。

 それから、絵を描くことが上手で、父の友人であったジョン・エヴァレット・ミレイとも親交があったことなどにも触れ、ミレイから「きみとジョンには観察眼がある」と、ミレイが亡くなった1896年8月13日のポターの日記にそう書かれたことが、その後もポターを支える言葉となったなどのエピソードが披露された。

 やがて、キノコの研究に夢中となり、それらを描くだけでなく、キノコの増殖と胞子の成長の仕組みについての研究論文をまとめあげるが、女性ということで植物研究者としての道が閉ざされる。しかし、元家庭教師の子供だったノエル少年に送った絵手紙が転機となり、絵本作家への道が開ける。

 短い放送時間でしたが、よくまとまっていたと思いました。
 
 ミッフィーは、画家マティスに影響を受けたブルーナが、ミッフィー・カラーと呼ばれる色のみを使用していること、そしてシンプルを極限にまで高めた結果があのような絵になったこと。

 ムーミンは、ヤンソンが戦争の暗い時代背景から逃避するかのように生まれた、あらゆる民族が幸せを求めてたどりつく楽園を描いたものであること。

 ピーターは、たった一人の少年を喜ばせたくて生まれたもので、それが自分自身が楽しむことでもあり、やがて絵本で描いたとおり、ポターの愛した動物たちが暮らす自然を守ることにたどりついたこと。

 たった1冊の絵本にこめられた思いは深い。それらを少し読み解くだけでも、また新たな視点が生まれ、興味が広がり、さらにそれはどこかにたどりつく一歩なのかもしれませんね。

 以前まとめたジョン・エヴァレット・ミレイ展についてのレポート。
 ミレイ展を通じて、ポターとミレイの関係など紹介しています。
 http://rapeter.sub.jp/peter/rp4964.html

カタツムリの子供

ビアトリクス・ポターについて
07 /21 2008
 ビアトリクス・ポターが、元家庭教師アニー・ムーアの娘フリーダちゃんに宛てた手紙のなかで、カタツムリがどのように生まれてくるかを書いたものがあります。

 1898年7月30日付けの手紙

 そこには、カタツムリが地面に穴を掘って卵を生み落とす図と、卵からカタツムリが孵る様子などが描かれています。
 カタツムリの子供
 その大きさは、マッチ棒の頭よりも小さいです。

 They are such pretty little snails with quite hard shells, but almost like glass, I expect the will soon go darker, the are beginning to eat.
 <「LETTERS TO CHILDREN from Beatrix Potter」
   Collected and introduced by Judy Taylor
   FREDERICK WARNE(刊)1992年 P54-55より>
 
 卵から孵ったカタツムリについて説明をしています。孵ったばかりのカタツムリの殻は、ガラスのようだ(like glass)とし、そしてすぐに殻の色は暗くなるとも。

 我が家の野菜畑で孵ったカタツムリの子供の殻も、一番外側はまだガラスのように透き通っていませんか?そしてラディッシュの葉を小さな穴だらけにして、ものすごい食欲です。

 こんなお手紙をもらったら、庭に飛び出てカタツムリを探したくなること間違いなしです。夏休みの自由研究にもいいですね。

ポターのウサギに6000万円

ビアトリクス・ポターについて
07 /19 2008
 7月18日付けのMSN産経ニュース(ネット配信版)
 ポターのウサギに6000万円

 7月18日付けBBCニュース(ネット配信版)
 http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/7513296.stm

 ニュースでこの情報を知った友人たちが、私にその一報を知らせてくれる際、その高額な取引額に驚いている様子でした。

 オークションを開催したサザビーズの児童文学作家担当の関係者も、この金額には驚き、「。。thrilled with the price。。」というコメントを寄せている。私だったら「いくらになるのだろうか、ぞくぞくした」と訳してしまうことでしょう。スリルという単語の響きにそう感じてしまいます。

 日本配信のニュースには、「当初予定価格の数倍」となっていましたが。

 私が一番驚いたのは、これら約6140万円(289,250ポンド)で落札された水彩画作品を含む、20点のコレクションがオークションに出品されたのですが、記事によると、これら20点のコレクションは「a collection belonging to her brother, Bertram Potter」となっていました。

 20点のコレクションの内、はっきりとどの作品とわかるのが、約6140万円で落札された水彩画の作品だけですので、この作品に関してだけしか説明できませんが、この作品は、日本語で「ウサギのクリスマス・パーティ」と題された6枚からなる挿絵の最後のシーンの1枚です。2007年に改定された「ピーターラビットおはなし全集愛蔵版」福音館書店(刊)に収録されています。

 この作品の説明によると、挿絵の内4枚は、叔父のヘンリー・ロスコウ氏に、残り2枚はヘンリー・P・クーリッジに贈られたことになっています。弟のバートラム所蔵となっていた、この最後のシーンが描かれた作品は、この説明によると叔父のヘンリー・ロスコウ氏の所有となっているはずなんですが、史実は違っていたのですね。そこに一番驚いてしまいました。

 この大ニュースは、次号のビアトリクス・ポター・ソサエティのニュースレターに掲載されることでしょうから、それを楽しみに待ちたいと思います。
 

「ねずみ女房」

ビアトリクス・ポターについて
07 /16 2008
 友人が、おすすめ絵本に「ねずみ女房」をアップしてくれました。

 花雪えほんくらぶ 7月16日付 記事
 http://ehonworld.exblog.jp/9068035/

 「ねずみ女房」
 ルーマー・ゴッデン(作)
 いしい ももこ(訳)
 福音館書店(刊)
 
 とても素晴らしい本紹介の内容になっているので、興味のある方はリンクをポチッと押してご覧ください。

 私がルーマー・ゴッデンを知るきっかけとなったのは、ビアトリクス・ポター・ソサエティが発行するニュースレター84号の光道由美子先生のレポートからです。

 その記事のなかでは、ビアトリクス・ポターと、ルーマー・ゴッデンのつながりについてが書かれています。

 ルーマー・ゴッデンが住んでいた、イングランド南部、イースト・サセックスにあるライの町は、ビアトリクスが何度か訪れ、この町を舞台に「ハトのチルダーのおはなし」を創作しましたが、残念ながら本人の執筆で作品とはなりませんでした。

 日本で、ルーマー・ゴッデンの作品は、人形シリーズが有名ですが、「ねずみ女房(The Mousewife)」はとても人気があります。

 このふたつの作品「ハトのチルダーのおはなし」と、「ねずみ女房」は、まったく異なったおはなしですが、その共通点を探るというレポートでした。この光道先生のレポートを大変興味深く読ませていただき、さっそく購入したのが「ねずみ女房」と、「人形の家」です。

 そして友人が「ねずみ女房」の素晴らしい書籍紹介を書いてくれたという最初の言葉につながります。

 「ねずみ女房」は、英国のロマン主義を代表する桂冠詩人ワーズワスの妹ドロシーが書いた日記に基づき創作されたおはなしです。主人公のねずみは、他のねずみとまったく変わらぬ行動をしますが、ひとつだけ他のねずみと違っていました。

 ねずみの視線になってお話を読むといいかもしれません。そして、「ハトのチルダーのおはなし」これこそ読みたい本なのですが、どうやったら入手できるのか。皆目検討もつきません。

 「私が歩いたイギリス」光道 由美子(著) 人の森出版(刊)
 こちらの著書は、いずれまたご紹介します。

ラピータ

ピーターラビットの生みの親ビアトリクス・ポターの愛好家で、作品について、開催されたピーターラビットのイベントやグッズ紹介、ピーターラビットの故郷英国について紹介するホームページ「ラピータの部屋」のブログです。
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