FC2ブログ

開館13周年記念講演「古英語で読む『ピーターラビットのおはなし』と英語の歴史」のレポート

ピーターラビットイベント&報告
04 /25 2019
201904daitos.jpg 
大東文化大学ビアトリクス・ポター資料館が、開館13周年を迎え、4月14日に記念講演が開催されました。

講演会の講師は、大東文化大学 文学部英米文学科 教授 網代敦先生です。先生は、古英語のスペシャリストで、執筆されている論文も数多く、冒頭の挨拶で資料館館長の河野先生より、「古英語の第一人者」とご紹介がありました。

この講演に参加する前、「古英語」とは、「言葉の成り立ち」であり、「語源」であるという認識でした。例えば、ビアトリクスの聖地である英国 湖水地方にある「ニア・ソーリー(Near Sawrey)」という地名の「ソーリー(Sawrey)」は、古英語の「岸辺の葦(アシ)」という語源よりこの地名となったという説。

ニア・ソーリーにあるエスウェイト湖に、葉がのこぎり状になった葦が生えていたことから、このような地名となったのでしょうかと想像します。

それから今回の講演会は「古英語」だけでしたが、ヴァイキング時代に英国北部に住みついた人たちが使用した「古北欧語(古ノルド語)」が語源である言葉も数多く残されていて、先程の「ソーリー(Sawrey)」は、古北欧語の「saurr」から「ぬかるんだ土地(muddy place)」という意味が語源という説もあります。

言葉の語源は、諸説あり、調べれば調べるほど沼地にはまるかの如く、時間があっという間に過ぎてしまいます。

英国 湖水地方は、古英語や古北欧語を語源とする言葉が数多く存在し、そういった言葉の使われ方を知っていると、同じ湖でも大きさにより使われる言葉が違うことに気がづきます。

例えば、大きな湖を示す言葉に、古英語が語源の「ミア(mere)」が使用され、小さな湖や池を示す言葉に、古北欧語が語源の「tjqrn」が語源でそれが現在の「ターン(tarn)」になったように。

こうした言葉の意味を踏まえて、湖水地方最大の湖、ウィンダミア湖にはミアが使われているので大きな湖ということになります。

そしてビアトリクスが夫ヒーリスと散歩を楽しんだ湖、モス・エクルス湖は、本当は「Moss Ecless Tarn」という名前で、日本語訳で語源の意味も含めると「モス・エクルス小さな湖」となりますが、地名に小さなと入れる訳にもいかず「モス・エクルス湖」と、どちらも同じ「湖」と表現されますが、現地の人たちは「mere」と「tarn」で大きさの違いが分かります。

説明が下手すぎますが、ニア・ソーリーの名前の由来や、湖の大小で名前が相違することなど、調べれば調べるほど沼地に入り込むかのように深みにはまってしまう意味が少しは伝わったでしょうか?そして段々と楽しくなってきませんか?

ここから本題の講演会ですが、私の期待は見事なまでにいい意味で裏切られました。

網代先生は、冒頭「ベオウルフ」を朗読してくださいました。先生は最初小さな声だったのですが、「ベオウルフ」の朗読が始まった途端、息がとまるほどの衝撃というか、その素晴らしい言葉の音色のような調べに聞きほれてしまったんです。まさしく目がハートになっていたと思います。

なんという心地好い、優しい響きだろう。これが言葉の魔力というものだろうか?とさえ感じました。

「ベオウルフ」は8世紀ぐらいの詩で、私も読みたい、読めるようになりたいと心の底より思いました。そのことを最後に質問したら、「ぜひ大東文化大学に勉強しに来てください」というオチがつきましたが(笑)そりゃそーだ!

言葉の語源?
そんな難しいこと知らなくても、朗読された古代人同志がコミュニケーションで使われた言葉の魅力に叶うものがあるでしょうか?本当に良い意味で裏切られ、すっかり古英語の魅力にはまりそうです。

また「ベオウルフ」の朗読を聞き、あるシーンがよみがえりました。

ジブリ映画の「天空の城ラピュタ」で、シータがピンチの時に唱えた呪文「リーテ・ラトバリタ・ウルフ アリアロス・バル・ネトリール」という言葉の響きが、古英語に少しだけ似ていたようにも感じました。

peters haran sasa01 
前回紹介した古英語の『ピーターラビットのおはなし』の表紙に書かれた、作者ビアトリクス・ポターの部分に使用された文字(書籍表紙の一番上)は、ルーン文字で、ヨーロッパ大陸で古代ゲルマン人が用いた言葉で古英語の表記に使われた文字だそう。

さて、本文に入る前に、どうしても古英語に翻訳できない言葉として外来語があり、ラテン語以外の外来語は古英語にはないため、「ラビット rabbit」という外来語は、「ノウサギ hare」に置き換え、古英語の「hara」と工夫されている部分の解説がありました。

また、名前の翻訳の工夫として、フロプシーは「耳をパタパタするflop」から、ウサギの耳を連想する「しなやかな、曲がりやすい」という言葉が使われていたり、モプシーは「少女、幼女 mop」から、はつらつとしたイメージ「植物の小さな新芽」という言葉が使われ、カトンテールは「ふさふさしている尻尾」という言葉が使われいるそうです。

(古英語表記で書きたいのですが、ルーン文字に変換できません)

これらを踏まえて、古英語の『ピーターラビットのおはなし』の最初の部分を古英語で朗読してくださいましたが、これもまた音楽のような、心地よい響きで、この心地よさはどこから来るのだろうと思いましたら、参加者の方がご親切にも「同じ音がいくつも使われ、頭韻(力強い感じ)、脚韻(柔らかい感じ)が耳に心地良いからですよ」と教えてくださいました。なんてお優しい~ありがとうございました。

「なるほど~!」って、分かったんかい!!!いえ、全く分かりません(笑)

この後、語源についての解説があり、古英語の複合語についてはクイズ形式で解説してくださいました。かなり頭を使わなければ思いつかない問題でしたが、こうして楽しく解説していただけると難しい内容が面白く楽しかった。

最後に、表紙に描かれた挿絵についての解説がとても興味深く、これと全く同じ挿絵が中世ヨーロッパの写本に描かれていたのを見つけてくださいました。

同じ画像がないものかネットで調べましたら、以下のリンク記事をクリックして、最初に出てくる画像をクリックして2枚目にあります。

リンク:
ニュースサイトCNNの記事(2015/6/15)
中世のいたずら書きに見るユーモアのセンス
http://edition.cnn.com/style/article/medieval-subversive-art/index.html

うさぎのイメージは「臆病」で、人や猟犬に追われ逃げ惑うという部分より、多くの人がこのように感じることからですが、しかしこのイメージを逆転させることで、人々が奮起し、強い者に対するあらがい、しっぺ返しを面白いと感じる。

このようなウサギが強き剣士となり、立ち向かう姿が、中世の写本の周辺部に描かれ、それが今回の表紙に採用されたようです。

これで私の謎だった部分が解決し、そして古英語の旋律を奏でるかのような不思議な音の魅力にすっかり魅了され、癒された講演でした。本当に楽しかった。できることならば、もう一度講演を受けたいです。でもそれは大学に来て下さいという先生のご要望に応えなくてはいけませんけどね。すっかりオチがついたところで、講演会のレポートとさせていただきます。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

NHKザ・プロファイラー~夢と野望の人生~「ビアトリクス・ポター」紹介の感想について

ビアトリクス・ポターについて
04 /16 2019
190314.jpg 

ビアトリクス・ポターの生涯を、「何故ピーターラビットを描いたのか?」、「何故デビュー作をヒットさせることができたのか?」、「何故湖水地方に移り住んだのか?」という3つのテーマと、それぞれのキーワードで構成された番組。

それぞれのテーマ毎に制作されたVTRを見ながら、気になった「キーワード」をピックアップして、スタジオトークが繰り広げられました。

「歴史が大好きな岡田准一氏が、時代を動かした人物たちの謎に挑む。栄光と苦難の生涯を生きた先人たち感動の人間ドラマ」というのが、番組コンセプトです。

VTR出演は、ビアトリクス・ポター協会の発行する「Journal & Newsletter」の元編集者でビアトリクス・ポター研究家のリビー・ジョイさんと、同じくビアトリクス・ポター協会のリエゾン・オフィサーを務め、大東文化大学 文学部英米文学科教授の河野芳英さんと、精神科医の香山リカさんが、要所、要所に出演され、ビアトリクスのエピソードや、解説、作品から読み取れることなどを盛り込まれていました。

ここからは番組を見て、私が感じた感想です。

タイトルに「本当は怖い『ピーターラビットのおはなし』」とありましたが、ビアトリクスが作品にある怖い話しの部分よりも、むしろビアトリクスの生きた時代、女性にとって厳しく、また両親、とりわけ母親の愛情のかけらも感じない、娘を道具か、駒のように扱うつれなさの部分がクローズアップされていたように感じました。

ビアトリクスは幼少期から青年期にかけ、その時代のお金持ちの娘がそうだったように、住み込みの家庭教師により教育を学びました。同世代の友人は一人もいない環境で育ちました。そんな友人も少ない中、「絵を描くことが好き」という気持ちを忘れずに、友達のように一緒に育ったペットである動物や、植物を描くことで生きてきた。

そして、「絵を描くことが好き」でつかみ取った運命と、最後には自分を導いてくれた動物たちへの感謝の気持ちが、自然保護活動につながっていった。ビアトリクスは、最後まで人間を上手に描くことはできなかったけれど、それは育った環境にあり、友達は動物だったから。

ビアトリクスの生きた時代、親の希望する相手と結婚することこそが、女の幸せ、家族の幸福と信じて疑われない時代に、一石どころか、二石、三石と石を投げ込み、強い意思と、諦めない気持ちで、自分が思い描いた理想を成し遂げた女性、ビアトリクス・ポター。

スタジオトークも、いちいちうなずいてしまうぐらい納得のご意見ばかりで、特に私が心動かされたのは「創作の源は母だったのではないか?母に自分の作品を認めて欲しい、理解して欲しいという思いがあったのでは」という意見でした。

ビアトリクスは、母について語ることは滅多になく、研究者の間でも謎に包まれた部分が多い女性ですが、その母が亡くなった時お悔やみのお手紙の返事に、

「母の頭は素晴らしくはっきり(wonderfully clear in mind)していました。でも安らかな眠りにつけてよかったと思います」
(出典:『ビアトリクス・ポター ピーターラビットと大自然への愛』著:リンダ・リア 訳:黒川由美)

と、1933年エレノア・ローンズリーに宛てた手紙に書かれていました。

93歳という高齢で亡くなった母ヘレン。ビアトリクスの人生の岐路となる折々で、彼女の決断を揺るがす大きな壁となり立ちはだかりました。でもその壁があったからこそ、ビアトリクスは強くなれたのではないか。母ヘレンの存在は、ビアトリクスにとって超えることができない壁だったかもしれない。でもここを超えなくてはという気持ちが、「諦めない人生へ」とつながっていったのかもしれないと思いました。

改めまして、TV番組は限られた時間内で、上手にまとめられて、尚且つ感動しました。


19ukcock01.jpg 
こちらは、「ザ・プロファイラー」には関係ないけれど、ビアトリクスが1927年に開発業者の手に渡るのを守った土地、ウィンダミア湖畔のコックショット岬です。昨年訪れた湖水地方で、一緒に行ったメンバーの中でも、とっても素敵で気持ち良かったと意見が一致した場所です。そんな場所がもう一カ所あります。それはまた旅行記ブログで紹介します。

以上、NHKザ・プロファイラー~夢と野望の人生~「ビアトリクス・ポター」紹介の感想についてでした。

富士山と桜と忠霊塔が同時に見える新倉山浅間公園へ

ぶらぶら
04 /13 2019
今朝は早起きして、「富士山」と「桜」と「忠霊塔」が同時に見える新倉山浅間公園へ行ってきました。まずは富士山が見えるか確認「富士山ヨシ!」、次に桜の開花状況「七分咲き、ビミョーだがまずヨシ!」と、現地に6時半過ぎに到着するも、駐車場が満車で「ヨシ」ではなかった。

係のおじさんに教えていただきながら、少し離れた位置に停めることができ、まずは忠霊塔越しに桜を見るために展望台へと急ぎます。

桜の時期の展望台は、多くの人でごった返しになり、混みこみとなりながらも場所を見つけて撮影という感じで、係の人に「撮影終わったら移動してください」と言われぐらいでした。
19041304.jpg 
しかし、今年はなんということでしょう~。展望台は、完全入れ替え制となり、展望台から撮影するためには行列に並ぶしかありません。
19041305.jpg 
美しい富士山を桜の枝越しに撮影しながら行列に並びます。

行列は、展望台から東屋付近のとこが最後尾だったので、20分待ちで展望台にたどり着き、撮影時間5分間との制約の中、撮影してきました。
19041306.jpg 
こちらは標準ズームで撮影
桜は七分咲きとのことで、忠霊塔手前の桜は満開で見頃でしたが、階段の最上段付近の桜がまだ咲いてないため、桜のパワーが足りないという写真になりました。
19041307.jpg 
こちらは魚眼レンズで撮影
19041308.jpg 
こちらはiPhone6sで撮影
19041309.jpg 
忠霊塔は、下から見上げる方が美しいのですが、富士山と一緒に撮りたいとなると展望台に入る行列に並ばないといけません。

19041311.jpg 
階段の一番下から見る富士山。この辺りの桜は満開です。
19041312.jpg 

三國第一山鳥居から見る富士山
19041302.jpg 
こちらは「テング巣病」にかかった桜の木。こうなってしまうと花は咲かないどころか、病気が広がり枯れてしまいます。

この素晴らしい景色は、「ミシュラン・ガイド・ブック日本編」の表紙に掲載されたことから有名になり、テレビなどでも番組に取り上げられ人気スポットとなりました。現在満開の桜は来週散り始めるでしょうけれども、まだこれから咲く木もありますので、「富士山ヨシ!」の日に是非ご覧ください。

また富士山は気まぐれなので、朝早い方が見られる確率は高いです。平日はここまで混んではいないと思います。この日は週末で、待ちに待った桜が開花した状況だったので、混みあったのでしょう。ちょうど展望台で撮影し終え、行列に目をやると、8時前で1時間待ちとなっていました。

これでは整理券こそないものの、上野動物園のシャンシャンを見るのと同じレベルですね。

お花見がてら市内の秩父宮記念公園と平和公園へ

ぶらぶら
04 /11 2019
市内の桜が満開になったので、お花見に行ってきました。
19040701.jpg 
秩父宮記念公園周辺の街路樹は、ソメイヨシノでこの時期はピンクに染まります。
19040702.jpg 
秩父宮記念公園入口のヒノキ林
19040703.jpg 
ヒノキ林の先に、園内の入口があり、さらに奥に進むと、茅葺き屋根の母屋の玄関前に、樹齢130年余りの巨大で立派な枝垂れ桜があります。
19040707.jpg 
母屋の前で「さくら茶会」が開催されていました。
19040708.jpg 
母屋の裏庭に咲いているのは、リョクガクザクラと枝垂れ桜
19040709.jpg 
母屋は高台にあるので、目の前のヒノキ林の森の向こうに富士山を眺めることができます。

次にすぐ近くにある富士仏舎利塔平和公園へ。ここは何故かしら海外からの観光客が必ず立ち寄るスポットになっていて、観光バスがひっきりなしにやってきます。
19040705.jpg 
世界各国の狛犬があり、仏舎利塔と、それから真正面に富士山も見えるし、桜並木も有名です。
19040704.jpg
桜はソメイヨシノだけではなく、御殿場桜、枝垂れ桜、八重桜など種類が多いので色々な桜を楽しめます。
19040710.jpg 
道端に咲く何気ない桜が一番美しかったりして。
19040706.jpg 
桜もいいけど、我が家の枝垂れ源平桃も、ぼんぼりがぶら下がっているみたいで美しい。一本の木から、ピンク、白、赤の三色の花を咲かせます。
次回のお花見は、新倉山浅間公園からお届けする予定です。

静岡県富士山世界遺産センターと、富士山本宮浅間大社へ

ぶらぶら
04 /10 2019
一度行ってみたかった「静岡県富士山世界遺産センター」へ行ってきました。静岡県と手前につくのは、山梨県にも富士山世界遺産センターがあるからです。カーナビに「富士山世界遺産センター」と入力すると山梨県を表示しました。地図データが古いため、富士宮にある静岡県は表示されないのです。こういう時、常に最新情報であるスマホのグーグルマップナビが役立ちます。
19040601.jpg 
静岡県富士山世界遺産センター

ここから歩いてすぐの場所に、富士山本宮浅間大社があることからか、大きな立派な鳥居があり、神社名が「富士山本宮」とありました。
19040602.jpg 
鳥居越しに富士山を仰ぐ
19040603.jpg 
その隣にあるのが富士ヒノキで装飾された逆三角形の見事な建物が富士山世界遺産センターです。逆三角形のデザインは、手前の水面に写しだされることで富士山となるようですが、この日は水面が風で細かく揺れ、太陽の位置も悪く、壮大な仕掛けも見ることができませんでした。
19040604.jpg 
入場口の横からもなかなかの迫力です。

公式サイトで水面に写し出される姿をご覧ください。

入場料は300円とリーズナブルで、1階から最初だけ階段ではあるものの、すぐに螺旋のスロープとなり、真横に広がるスクリーンに映し出される景色を見ながら、5階までのスロープを登りつつ、富士登山の疑似体験ができる構造になっていました。
19040605.jpg 
富士山頂の雲海の景色の先に展望ホールがあり、目の前に富士山が現れます。この日は富士山も今ひとつですが、天候が良ければ、床に逆さ富士が写ります。

1階には「富士山ライブラリー」もあり、富士山に関する書籍が自由に閲覧できます。ここで疑似体験すると、今度は富士登山にチャレンジしてみたくなるかも。

次に、すぐ近くにある富士山本宮浅間大社へ。
19040606.jpg 
その前に「お宮横丁」なるものを見つけ、
19040607.jpg 
路地の先に屋台村があり、本場「富士宮やきそば」を食べました。
19040608.jpg 
富士山本宮浅間大社の大鳥居を抜けたすぐのところで、満開の桜越しに富士山。
19040609.jpg 
境内は桜まつりが開催され、
19040610.jpg 
満開の桜の下で舞楽のリハーサル?(衣装が普段着でしたので)が行われていました。
19040611.jpg 
山野草のシャガ越しに見る湧玉池
19040612.jpg 
ちょうど満開時期に訪れることができ、思いがけず境内でお花見を楽しむことができました。

昨年は指を骨折し、富士登山できなかったので、今シーズンが待ち遠しいです。

英国旅行記2018年 湖水地方 ヒルトップ農場へ その10

英国
04 /09 2019
英国旅行記の続き、ヒルトップ農場へ朝一番で入場し、ヒルトップハウスを見学した後、まずは前回の英国旅行記のブログで、ヒルトップ農場の道路に面した入口から、ヒルトップハウスまでのアプローチに広がる「コテージ・ガーデン」のお花畑を紹介しました。

続いて紹介するのは、家庭菜園の部分です。家庭菜園は、ヒルトップハウスの入口正面にアイアンゲートのある石垣で区切られた真四角のエリアです。
uk238.jpg 
こちらは以前の家庭菜園エリアにかかる緑色のアイアンゲート。
私が以前ヒルトップ農場を訪れた際は、ヒルトップハウスが入場できる日は、目の前の菜園の中には入ることができず、ヒルトップハウスがクローズの日のみ、菜園に入場可能だった。そのため、目の前のアイアンゲートは閉じられ、菜園内から撮影は不可でした。
uk228.jpg 
こちらは昨年訪れたヒルトップ農場の家庭菜園エリア。人が立っているところがゲートのある入口で、緑色のアイアンゲートが開かれている。
uk239.jpg 
石垣の下に生えているハゴロモグサとシダは、自由に生えるがまま繁っているそう。

オープンになった家庭菜園エリアは、ヒルトップハウス入場待ちの方や、私達のように見学を終えた方々が、途切れることなく出たり入ったり。
uk229.jpg 
ビアトリクスが『あひるのジマイマのおはなし』を出版した頃は、ここをアヒルたちが出たり入ったりしていたことでしょう。
uk230.jpg 
この挿絵にも描かれた石垣に設置されている白い箱はミツバチの巣箱で、英国では雨や風を防ぐ実用的な方法として、石垣に巣箱を設置するように穴があいている。これらを「Bee-Bole」と言い、湖水地方では特に多く見られるものです。ビアトリクスは、ミツバチの群れを見つけ、ミツバチを捕まえる「Skep」という、これまた伝統的なワラで出来た丸籠を借り、ミツバチの群れの上に置き、巣箱へと誘導します。また、購入した巣箱の修理が必要だったことなど、1906年7月の手紙に書かれていました。
uk240.jpg 
『あひるのジマイマのおはなし』が出版された2年前に設置された巣箱が、こうしておはなしに描かれ、家庭菜園エリアでそのままの姿で見ることができる。また巣箱の手前は、ジマイマが卵を隠したルバーブが大きな葉をつけています。もちろん私もジマイマの卵を探したが見つからなかった。ジマイマは上手に隠すことができたのでしょう。
uk232.jpg 
こちらは西洋ネギ(ボロネギ)
家庭菜園エリアは、ルバーブの他に、西洋ネギ(ボロネギ)、エンドウマメ、サヤインゲン、キャベツ、レタス、ジャガイモ、ニンジン、ラディッシュなど植えられている。
uk233.jpg 
サヤインゲンは、木の枝で支柱を作り、地面の杭と支えの間に麻紐のロープをかけ、そこにツルをはわせていた。
uk234.jpg 
こちらは家庭菜園エリアのもうひとつの出入口。前回訪れた際も、この出入口は開いていたものの、この先には進めなかった。
uk241.jpg 
次のエリアは農場エリア。ここから先は、高さ150㎝ぐらいの石垣があり、プライベートで立入禁止となっている。この先は、1906年に建て増しされた建物の戸口のところに、『パイがふたつあったおはなし』に描かれた、おおよそ100年以上前の井戸があります。
uk242.jpg 
ハンドルの位置が逆になっていますが、形状はほぼ一緒。『パイがふたつあったおはなし』より
uk244.jpg 
その先にある小屋は、『あひるのジマイマのおはなし』で、小屋内の様子(牛小屋の仕切りや手押し車など)が描かれ、さらにケップたちに助けられ戻ってくる場面で、この小屋の農場側より見た景色が描かれました。
uk243.jpg
私達は、ジマイマ目線ではなく、ヒルトップハウス側からこの小屋を見ることができます。
uk235.jpg 
最後は果樹園エリア。ヒルトップ農場への入場者数が増えたことにより、入り口より続くお花畑のエリアのダメージが大きくなり、人の行き来をスムーズに行えるようにあらたに設けられた小道の格子垣の向こう側が果樹園エリア。
uk237.jpg 
『あひるのジマイマのおはなし』より、ジマイマが庭からアヒルの丸焼きに使用するハーブ類とタマネギを探している場面で、背景に格子垣とそこにはわせているツルバラを描いている。
uk236.jpg 
この格子垣の向こう側に広がるのは、囲いのあるパドックと呼ばれる牧草地で、そこにブラムリー(料理用のリンゴ)やダムソンプラム、洋梨などの果樹が植えられています。
uk245.jpg 
こちらはパドックにある古木ブラムリー

ヒルトップ農場の4つの異なるエリア、最初の小道の両側に広がるお花畑エリア、ヒルトップハウスの前にある家庭菜園エリア、ヒルトップハウスに1906年増築された部分より向こうに広がる農場エリア、そして小道の格子垣の向こう側にあるパドックと果樹園エリア、さらに果樹園の奥はジマイマの森へとつながっています。

ビアトリクスが生み出したキャラクターたちが、どこかでつながっているようにヒルトップ農場もそこかしこで今でも描かれたままの景色でつながり、私達に感動を与えてくれます。

ここまで、庭の見学だけで30分、ヒルトップハウス内見学と合わせて既に1時間が経過。予定をぎっしり詰め込んだツアー内容だったので、本当は一日ゆっくりしていたい場所ですが、次の場所へと移動する時間も迫りました。その前にお約束のショップに立ち寄りました。

ヒルトップ農場のショップに関しては次のブログにて。

ラピータ

ピーターラビットの生みの親ビアトリクス・ポターの愛好家で、作品について、開催されたピーターラビットのイベントやグッズ紹介、ピーターラビットの故郷英国について紹介するホームページ「ラピータの部屋」のブログです。
ブログに掲載している写真&文章は、すべて転載禁止です。