FC2ブログ

英国旅行記2018年 湖水地方 アンブルサイドのブリッジハウスとアーミットライブラリ―へ

英国
10 /19 2019
三つ目の目的地アンブルサイドの町に到着しました。レイカースルから車で約15分、ウィンダミア湖の北の端にあり、湖水地方の玄関口であるウィンダミアや、ボウネスと同様に賑やかな町です。

アンブルサイドという名前の由来は、古北欧語の「アメルセート(Amelsate)」で、その意味は、町の真ん中を流れるストック川と、水によって運ばれ堆積した砂州と、そして夏の牧草地という3つの言葉の組み合わせで、景色そのものが名前の由来となっています。

このストック川(Stock Beck)の小さな橋の上にあるのが、この町一番の観光スポット「ブリッジハウス」です。
uk376.jpg
ブリッジハウス

17世紀、地元で裕福なブレイスウェイト家が、川の向こう側にリンゴ園を営み、川を行き来できるように橋を建設したのが始まりです。その後、リンゴを貯蔵するために「ブリッジハウス」という名前通り、橋の上に家を建てました。

この家が建てられた当初は、川向うに行き来できるよう、建物の両側に扉が付けられていましたが、現在はライダル通りに面した方のみ出入りできます。

人が4、5人入ると身動きできなくなるぐらいの小さな家で、外階段でつながる2階建てです。次々と人手に渡った家は、リンゴ貯蔵庫の他にも織物店、椅子メーカー、アンティークショップ、靴屋など、様々な用途で使用されました。住居として子ども6人を含む一家8人で暮らしていたという記録もあります。

この「ブリッジハウス」について、吉田新一先生の著書「ピーターラビットの世界」の第7章に、「ビアトリクスがブリッジハウスを守るように」と、ナショナルトラストへアドバイスしたことが紹介されています。詳細はぜひ書籍をご覧ください。
uk377.jpg
ブリッジハウス ライダル通り側の入口
ビアトリクスの協力を得て、現在はアンブルサイドの伝統的な建物として、町一番の観光スポットとなりました。私達が訪れた時も次から次へと観光客が訪れ、外観を見た後、狭い家に吸い込まれていきます。

家の中は、アーチストが描いたブリッジハウスの作品が飾られ、ナショナルトラストのグッズショップになっていました。

ブリッジハウスの道路(ライダル通り)を挟んで北側に、アーミットライブラリーがあります。
uk378.jpg
道路を渡った先にあるアーミットライブラリ―の横幕

アーミットライブラリーは、メアリー・ルイーザ・アーミットと、二人の姉の意志のもと、1912年に会員制図書館として開設されました。

コンセプトは、「学生と愛読者のための科学的、文学的、古書研究的な価値のある本のコレクションを形成する」とし、湖水地方に住む著名人の多くが、作品や蔵書を寄付しました。

ビアトリクスも、父親の蔵書を寄付したことに始まり、考古学として化石や、出土品を描いた作品、そしてキノコ学者を目指して書き溜めた300点を超える菌類の作品すべてを寄付しました。

そうしたことから、ここでは常時展示としてビアトリクスの菌類の作品が見られます。
uk379.jpg
アーミットライブラリ―(The Armitt and museum)
手前の建物がショップと受付で、奥の1階が展示室、2階が会員制図書室。
展示室への入場料は大人5ポンド(2階も見学可能)。
1階の展示室は撮影可能でしたが、2階の図書室は撮影禁止。

uk380.jpg
1階展示室では、スペースの半分ほどを利用し、「イメージ&リアリティ ビアトリクス・ポター展」を開催中でした。

ビアトリクスの生きた時代から、化石に興味を持った考古学、菌類を夢中になって描いたキノコ学、農場経営者、自然保護活動家、女性実業家など、知られざるビアトリクス自身の物語を、彼女が残した言葉を含めながら、想像と現実を伝える展示です。
uk381.jpg
各項目毎に大きなパネルが掲げられており、彼女の生きた時代についてのパネルでは、19世紀後半の産業革命後、人口の増加で世界最大の都市となったロンドン。ビアトリクスは、父や叔母と連れだって展覧会で巨匠と呼ばれる人たちの絵画作品を鑑賞するのが楽しみのひとつでした。しかし、心はロンドンにあらず、常に自然豊かなスコットランドや湖水地方に向けられていました。

その頃湖水地方では、ウィンダミア湖でスケートを楽しむ人々、鉄道がウィンダミアまで来たことによる急速な駅周辺開発と裏腹に、湖の西側の集落は、ナショナルトラストの新たなる鉄道計画の反対運動や、自然保護活動などにより、牧歌的な田舎の風景が残されました。

まずはビアトリクスの生きた時代背景の解説があり、ビアトリクスの絵本作家だけではない知られざる人生についてを紹介しています。

uk382.jpg
「羊飼いのためのガイドブック(The Shepherd's Guide)」より
このページには、どの農場の羊か分かるように、必ず入れられる「スミットマーク(Smit Marks)」についての解説が示されています。

『ティギーおばさんのおはなし』で、ティギーおばさんが「どの農場でも必ず印をつけておくんです!」と言ったそのマークです。

こうした農場のマークは、毎年発行されるガイドブックに掲載され、伝統として受け継がれています。

uk385.jpg
キンチャヤマイグチ(英名:Orange Birch Bolete)
ビアトリクスが描いたキノコの作品。森にキノコがどのようにはえているのか、枯葉の上なのか、草なのか、それとも木についているのかなど、そのようなことまで作品が伝えてくれます。
uk386.jpg
シロエノクギタケ(英名:Spike Cap)

uk387.jpg
アーミットライブラリ―は、はるか昔から現在までのアンブルサイドの暮らしが分かるようなものを示したいという望みがあり、少しずつ出土品や遺物などを収集していました。ビアトリクスもその点を理解し、20代の頃描いたバックラーズベリーで出土した金属と骨の加工品や、ロンドンで出土したローマ人のサンダルなど、考古学として描いた作品を寄贈しました。

uk383.jpg
ビアトリクスがキノコ学者を目指し、勉強していた頃に使用した顕微鏡のプレパラートと、キノコのスケッチ作品を収納していたビアトリクスお手製の紙ばさみ。
紙ばさみは全部で8冊になり、表側は模様入りの木綿の布でカバーされ、内側は無地の木綿で裏打ちされているもの。


『ピーターラビットのおはなし』を出版した翌年の1903年、絵本のキャラクターを使ってコピー商品が出回ることに端を発し、自身でぬいぐるみを制作し、特許を取得したビアトリクス。こうした絵本の関連商品は人気があり、その後次々と商品化されました。

uk384.jpg
ピーターラビットゲーム、ジグソーパズル、塗り絵、陶器、壁紙などなど。彼女の女性実業家としての才能として、これらのグッズも一部展示されています。いわゆる本業の絵本製作とは別に副業としてのこれら商品展開は、後々の出版社の経営や、ビアトリクス自身の大切な収入源となっていきました。
uk389.jpg
ビアトリクス本人から、アーミットライブラリ―に寄贈された初版本のコレクション。

armittlibrarybook.jpg
こちらは、この展示会の内容をあますことなく紹介したガイドブック。
「Image & Reality Beatrix Potter A Portrait of an Extraordinary Woman」3ポンド

アンブルサイドに10時40分ぐらいに到着し、ブリッジハウスとアーミットライブラリ―を見学し、ちょうどランチタイムになると思ったので、ランチできるお店の候補を3軒ほどピックアップしていました。

最初に行ったのは、ブリッジハウスに近い「アップルパイカフェ(The Apple Pie Cafe & Bakery)」で、他の候補の店にも案内しようと思ったら「ここにしましょう」となり、総勢11名、お昼時に全員座れるか不安でしたが、大人数用の奥のテーブルが空いていてラッキーでした。
uk388.jpg
この店名物のアップルパイにアイスクリーム添え 4.75ポンド

ランチも済ませ、再びデレックの待つ駐車場へ向かいましたら、メンバーのお一人が「バッグがない!!!」と気づき、大慌てで食事した店へと急ぎました。すぐに引き返したのが良かったのか、湖水地方は悪い人がそれほどいないのか、椅子の背に引っかかったままでバッグが見つかりました。

もしここで盗まれてしまったらと考えると、後半のスケジュールがすべてキャンセルになりますし、本当に良かったです。

気を取り直してバスに戻り、次の目的地グラスミアへと向かいました。この続きは次の旅行記のブログにて。最後までお読みいただきありがとうございました。

英国旅行記2018年 湖水地方 ウィンダミア湖畔にあるレイカースルへ

英国
10 /09 2019
二つ目の目的地レイカースルは、湖水地方で最大の湖、ウィンダミアの北西の湖畔にあります。前日、ヒルトップ農場へ向かう道中で、一瞬だけレイカースルが見えました。
uk105.jpg
こちらが一瞬だけ見えたレイカースル
手前がウィンダミア湖で、その先の森に囲まれ要塞のような建物の塔の一部が見えます。この辺りの森は、地名にちなみ「ワットバロウの森(Watbarrow Wood)」と呼ばれています。
その時の様子は「ヒルトップ農場へその1」でどうぞ。

レイカースル(Wray Castle)は、ビアトリクスが湖水地方に初めて訪れた1882年、16歳の時に滞在した屋敷です。

その屋敷は、18世紀後半から19世紀にかけて流行ったゴシック・リバイバル建築(Gothic Revival style)で、1840年リヴァプールの医師ジェイムズ・ドーソンが、妻の父親のジン製造で得た利益で建てました。

妻の父、ロバート・プレストンは、リヴァプールでドライジン(蒸留ジン)を製造し、その蒸留所があった町の通りの名前に、ジンには欠かせないボタニカルであるジュニパー(西洋杜松)にちなんで、「ジュニパー通り」と名付けられるほど繁栄しました。

肝心の妻マーガレットは、夫の建てたレイカースルを見るなり二度と足を踏み入れることはなかったそうです。

ビアトリクスは、建物の奇抜さよりも、室内のアンティークな家具に魅せられ、もし自分が家を建てたらこのような家具を並べたいと、書斎や屋敷内の廊下をスケッチし魅せられました。

さて私達は、レイカースルで行うミッションがありました。ビアトリクスがレイカースルの前で撮影した有名な記念写真と同じ位置で撮影を行うこと。私も初めて訪れる場所なので、恐らくこの辺りだろうと予習はしていたものの自信はありません。

いざ撮影しようとしましたら、あろうことか車が1台横づけされていて、どうしても写りこんでしまいます。脚立を屋根に積んだ関係者の方かと思い、車を動かしてもらえるよう頼んでみましたが、こっちも困ると相手にしてくれません。みんなで「ちょっとぐらいどかしてくれてもいいのに」とブーブー言いながら(笑)撮影しました。

uk365.jpg
撮影位置は、ビアトリクスの記念写真と見比べると、もう少し後ろにさがって撮影した方が良かったみたいです。
uk370.jpg
こちらは正面入口

威圧的で圧倒的な存在感のある建物は、真ん中にある背の高い塔が中心となりその周りに城郭風な屋根が並び、その周りに矢を入れる切れ目の入った小塔が覆っていて、窓は垂直にスライド開閉する落とし格子の窓で、印象的なコントラストを与えています。
uk366.jpg
敷地面積は、830エーカー(東京ドーム71個分)で、ウィンダミア湖に向かって森が広がり、反対側の敷地は牧草地が広がっていました。周囲はフットパスが完備されていて、ウィンダミア湖までの散策も楽しめます。
uk372.jpg
この先は入場料が必要 大人9.6ポンド

建物の内部は、長い間子ども為の施設として利用され、一般開放されていませんでした。現在は内部も見学できますが、ビアトリクスが魅せられた調度品など、子どもの室内遊び場(遊具)となっているため撤去されました。装飾を施した柱や、高い位置に張り出した天井の梁、建物の構造物はその当時のまま見られます。

uk367.jpg
そしてウィンダミア湖を一望できるこの景色も、建物の上階の方がより全体を見渡せると思います。

uk371.jpg
私達は、もうひとつのミッションのために、小雨降る中をミニバスで通り過ぎた最初のゲートへ向かって、ぞろぞろと歩きだしました。

レイカースルに行ってみて分かったお勧め見学コースは、まずはレイカースルのゲート前で停車し、ゲートの右隣りにある聖マーガレット教会を見学後、再びバスに乗り込みレイカースルへ。このように見学すれば、ゲートからレイカースルまでの約1キロ(片道 徒歩10分から15分)の往復をカットできます。

まさか敷地内がこんなに広いとは想像もしていなかった。雨さえ降ってなければ、牧草地を横目に見ながら楽しいお散歩になったかもしれませんが。

聖マーガレット教会は、ビアトリクスが初めて湖水地方に滞在する5年前、1877年にロウレイ(Low Wray)区の教区牧師として、ハードウィック・ロンズリーが赴任しました。

ローンズリー牧師は、湖水地方の美しい自然に魅了され、自然景観保護のための活動を行い、やがてナショナルトラストの創設者として、永遠に語り継がれる存在となりました。

そんな運命的とも言えるビアトリクスと、ローンズリー牧師が出会った場所こそがレイカースルでした。

河野先生の書籍「ピーターラビットの世界へ ビアトリクス・ポターのすべて」の第7章で紹介されている「聖マーガレット教会」について、「レイ・カースルに訪れるときは、ぜひとも訪れていただきたいスポットです」とあります。
uk373.jpg
聖マーガレット教会

現在は、建物の保存がされているものの、利用はされておらず、外観を見るだけです。見学者は、私達の他に先に来ていたピーターたちのようです。
uk374.jpg
教会の入口に、ローンズリー牧師についてのパネルがひっそりと飾られています。

uk375.jpg
お散歩中に見つけたタマフジウツギ(Orange Ball Tree)
黄金色のボールのようなオレンジの花をたくさん咲かせていました。
uk369.jpg
ヤマヤグルマギク(Montane star thistle)
名前の通り高地に咲く花。

予定通り9時40分に到着し、ふたつのミッションを成功させ、10時30分に次の目的地であるアンブルサイドへ移動を開始しました。予定外だったのは天気だけ。絶対に晴と信じていたのに、これだけはどうしようもないことですけれどもね。この続きは次の旅行記のブログにて。最後までお読みいただきありがとうございました。

英国旅行記2018年 湖水地方 朝食後最初の目的地トラウトベックパーク農場へ

英国
10 /06 2019
英国 湖水地方に滞在し3日目の朝を迎えました。2日目の朝は、朝食リクエストを前日の夜までに出し忘れ慌てましたが、3日目はじっくりメニューを選んでリクエストしたので、朝から盛りだくさんです。
uk358.jpg
ベーコン、マッシュルーム、ベイクドビーンズ、グリルトマト、スクランブルエッグ、ヨーグルト、ジュース、コーヒー、パン
パンは、ホワイトかもしくはブラウン、それともその両方のミックスと選択できました。

天気は今にも雨が降りだしそうな曇り空の中、最初の目的地のトラウトベックパーク農場へ向かいました。ボウネスの宿から車で約20分ほどでした。

この農場は、ビアトリクスが1923年、57歳の時に、敷地約1900エーカー(東京ドーム164個分)を取得し、湖水地方で最大級となる農場の地主となりました。

これまでは、ヒルトップ農場で農場経営のノウハウを学ぶ日々だったビアトリクス。そしてこの広大な敷地を得ることにより、彼女のそれまでの農場経営のキャリアを、さらなる高みへと引き上げた場所となりました。

大規模農場となると、これまでのやり方と同じでは通用しません。また平地ではなく気温差が激しい高原牧場の難しさ、牧羊夫も優秀な人材でなければ務まりません。ビアトリクスの遺骨を散骨したことで知られているトム・ストーリーは、トラウトベックパーク農場の牧羊夫として1926年に雇われ、その後17年間苦楽を共に過ごした仲間となりました。

私達は、このトラウトベックパーク農場こそが、彼女にとって農場経営をさらに面白くさせた、人生におけるターニングポイントのひとつでもあるように感じていたので、是非ともこの目でどのような場所なのか見ておきたいと思ったのです。

問題は場所でした。観光スポットではありませんので、農場近くで見学するのは不可能です。もしできるだけ近くで見たかったら、徒歩でフットパスを利用すれば、もう少し近くで見ることは可能のようでした。しかし、徒歩となると半日はかかりそうです。

不安と期待が入り混じった中、一度はそこに行くのを諦めましたが、「憧れの湖水地方をとことん堪能!北部10湖巡りツアー」というミニバスツアーで、カークストン峠に行く途中に、トラウトベックパーク農場が見える場所でバスを停めて、写真撮影することができたという情報を友人より聞きつけ、それもそのツアーを主催しているのは、私達が利用していたマウンテンゴート社でした。

こうして私達も無事に、カークストン峠に続く道路の途中にある路側帯にバスを停め、バスの乗り降りする際に十分注意するよう言われましたが、無事に高台より見ることができました。


uk359.jpg
朝靄がたちこめるトラウトベックパーク農場

uk360.jpg
手前に建ち並ぶ建物は、必要に応じてビアトリクスが増やしていった母屋となっているコテージ、羊飼いのための宿泊施設や、犬舎や恐らく納屋なども。

uk361.jpg
円筒形の煙突、縦と横に仕切りのある窓もそのまま保存されているようです。

ビアトリクスは、ここでの農場経営が楽しく、「神秘的で静寂に満ち、ささやくようなこだまが聞こえる場所」としました。
uk362.jpg
『妖精のキャラバン』ビアトリクス・ポター(著)久野暁子(訳)福音館書店(刊)より

石造りのコテージを描いた挿絵は、『妖精のキャラバン』に登場します。おはなしでは「日の当たる開けた牧草地は、とても気持ちがいいものです。薄暗い林の中にいた後ではなおのことです。牛や羊がのんびりと草を食み、子羊が飛び跳ねています。」と、この農場での様子を表現しました。

uk364.jpg
建物の後ろにそびえるこんもりとした山は、「Tongue」と呼ばれる古北欧語の「tunga」が語源の言葉で、2つの谷の間にある卓状地(楯状地のうえに地層が重なる台地 テーブルランド)という意味です。母屋から一気に地形が盛り上がる様が、実際で見た方がよりリアルに伝わってきました。

カークストン峠へと向かう道路は、湖水地方の峠道の中でも1,2位を争うほどの標高差がある峠道なので、この農場はその手前にあり、かなりの高さより農場を見下ろしたことになります。

こうして短い時間でしたが、車で近づけるぎりぎりの場所で、トラウトベックパーク農場を見ることができました。

次に少し戻ることになりますが、私も初めて訪れるレイカースルへ向かいました。その道中、ビアトリクスが飼育に夢中になったギャロウェイ種の黒牛がいました。

主にスコットランドの低地特産種として飼育された角無し種で、南西部のギャロウェイに古い起源をもつ牛です。ビアトリクスは、弟のバートラムがスコットランドで農場経営していたこともあり、姿の美しさをもちろんのこと、痩せた土壌への対応力もあることから、ヒルトップ農場で飼育していた牛です。

uk363.jpg
運転手のデレックが道端に車を停め、「ご覧、ギャロウェイだよ」と教えてくれたので、これがギャロウェイなんだと分かった次第です。

デレックが「moo, moo(モーモー)」と呼びかると、こっちを向いてくれました。お腹に白い腹巻しているのような模様がとても可愛いですね。バクに似てる?

弱い雨が降ったりやんだりの空模様は相変わらずでしたが、次の目的地レイカースルまで車で40分ほどでした。この続きは次の旅行記のブログにて。最後までお読みいただきありがとうございました。

ラピータ

ピーターラビットの生みの親ビアトリクス・ポターの愛好家で、作品について、開催されたピーターラビットのイベントやグッズ紹介、ピーターラビットの故郷英国について紹介するホームページ「ラピータの部屋」のブログです。
ブログに掲載している写真&文章は、すべて転載禁止です。