今年はピーターラビットがこの世に誕生した130周年記念?!絵手紙を原語で読むその2(完)

 今年2023年は、ビアトリクスが1893年9月4日に『ピーターラビットのおはなし』の原型となる絵手紙を1人の少年宛に書いた130年目の記念の年になります。前回は、この絵手紙を送った相手ノエル少年とその兄弟についてと、絵手紙に書かれたピーターとその妹たちが密接に関係している理由について解説しました。今回は、絵手紙全体のストーリーを追いながら解説したいと思います。


 絵手紙の本物は、昨年開催された「ピーターラビット展」でご覧になったとおりです。絵手紙はB5サイズぐらいの無地の用紙に、2枚重ねて半分に折り、1枚目の右側(1)から、その裏の左(2)、2枚目の右(3)、2枚目のその裏の左(4)から右側(5)へ、その裏の左(6)、1枚目の裏の右(7)、1枚目の表の左(8)まで、用紙は2枚ですが表と裏と右と左で8分割されました。挿絵は17点で、テキストは絵(絵手紙なので挿絵ではなく絵と表現)の下に書かれています。

 17点の絵の内3点は、商業版で使用しませんでした。使用しなかった1点は、前回のブログ記事でも書きましたが、それぞれのウサギの下に名前、フロプシー、モプシー、カトンテール & ピーターと紹介した部分です。もう1点は、ピーターがマグレガーさんの畑に忍び込んで最初に食べたレタスの葉の絵です。さらにもう1点は、ピーターがマグレガーさんに見つかって走って逃げるときに靴を失くして4本足で早くかけることができた絵です。残り14点の内、ピーターがお母さんからお薬を飲まされる場面を私家版、商業版で口絵として一番最初に掲載したため、この絵手紙がおはなしの順番に見られる唯一のものとなります。

 商業版は、14点から30点に挿絵が増えました。絵手紙の分量では物語にするには少ないと考え、ピーターが洋服を着せてもらう場面や、お母さんがバスケットを持って出かける場面や、マグレガーさんの納屋に隠れる場面など16点の挿絵を増やしました。最初の場面は、前回のブログ記事で紹介したので省略します。

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 次の場面(2)、お母さんは子供たちに話しかけます。「you may go int the field or down the lane 野原か小道に行っても構わないけれど」、「but don't go into Mr. McGregor's garden マグレガーさんの畑に行ってはいけませんよ」と注意します。しかしその理由(お父さんがマグレガーさんの奥さんにパイにされた)は書かれていません。

 そしてフロプシーたちがブラックベリーを摘んでいますが、私家版、商業版との違いが服を着たまま実を摘んでいることと、ステッキ上の物を持って枝を引っ張っているのですが、この絵にはそのようなものは描かれていません。高い枝に手を伸ばし、でも届かない様子が描かれています。さらにブラックベリーが好物のクロウタドリも描かれていません。

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 次の場面(3)、ピーターが脇目も振らずにマグレガーさんの畑にかけつけますが、その前のテキストを「but Peter, who was very naughty」で切り、次のテキストを「ran straight away to~」と繋げ、走るピーターの絵を描きました。絵本の手法を既に確立しているかのようです。それからその隣の絵に、「squeezed underneath the gate ゲートの下に体をねじ込んだ」としました。私家版、商業版は、「under the gate」ですが、どちらも真下という意味ですが「underneath」の方がよりその空間が狭くなり、まさしく体をねじ込ませたという表現が相応しいのです。

 次にまず最初にレタスの葉を食べる場面で、私家版ではこの挿絵は掲載されていますが、商業版には掲載されず、ピーターと言えばあの有名な誰もが知るニンジンのように見えるラディッシュを齧る挿絵を追加しました。よーく見てもらうとこの絵には、「ラディッシュ」も、「broad beans ソラマメ」も描かれています。あれ、「サヤインゲン」じゃないの?と思われたそこのあなた!絵手紙と私家版は「broad beans」なのですが、商業版は「French beans サヤインゲン」に変更になりました。この絵は枝の横向きに空に向かって生えるソラマメで、商業版のラディッシュを齧るピーターの背景の右端をよく見ていただきますと、サヤインゲンが真下に伸びてぶら下がっているのを発見できます。こういった違いも楽しめます。

 「お腹の具合が悪くなりパセリを探しに行く」というのはテキストのみで、ばったりマグレガーさんと出くわします。ここは絵を描くスペースの関係なのか、ピーターがパセリを探しに行き、ところがキュウリの苗床の角を~ he went to look for some parsley; but round the end of a cucumber frame~」と文章が続きます。商業版では、ピーターがパセリを探しに行く場面が追加され、「パセリを探しに行きました。」と文章が切れます。

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 次の場面(4)、私家版と商業版でマグレガーさんが「膝まづいて on his hands and knees」の部分は、「Mr McGregor was planting out young cabbages マグレガーさんはキャベツの苗を植えていましたが」と「膝まづいて」は最初ありませんでした。そしてレーキを振り上げ「まてえ!どろぼう!」と怒鳴りながらピーターを追いかけます。ここはおはなしの挿絵同様に、ピーターがどれだけ足が早いかというのがこの絵からも伝わってきます。この絵は、白黒線だけでスピード感を見事に表現していて、ドキドキ・ハラハラ感が子供に良く伝わるのではないかと思います。

そしてキャベツ畑で片方の靴を失くします。マグレガーさんは、キュウリの苗床の横にキャベツの苗を植えていました。そしてピーターが靴を失くした場所もキャベツ畑です。よく見るとキャベツの葉が5,6枚出ています。「野菜栽培マニュアル」によると、マグレガーさんが植えていたのは種から発芽した状態のもので、片方の靴を失くしたキャベツ畑は本葉が5,6枚になり定植された場所のようです。ピーターの靴を眺めるコマドリは、私家版から追加されました。絵手紙は、コマドリもスズメも登場しません。

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次の場面(5)、「もう片方の靴をジャガイモ畑で失くした」というテキストから始まり、「靴を失くしたので、4本足でかけだしたピーターはその方が早く走れたので、うまく逃げ出せただろうと私は思いますが、so that I think he would~」となっていました。私家版と商業版は、「so that I think he might~」となり、「would」から「might」になったことで仮定法でなくなり、「うまく逃げ出せたと私は思いますが、」と少しニュアンスが変わりました。

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デザイン見本「That Naughty Rabbit」(2002年改訂版)に掲載。
4本足でかけるピーターの絵は、絵手紙と私家版のみで、商業版では掲載されていません。しかし、ビアトリクスは商業版を出版する際、最初の案としてタイトルページのデザインに掲載することを考えていました。この案は最終的に却下されましたが、色々なパターンを試しながら制作にかかわったビアトリクスの奮闘ぶりが伝わってきますね。

 さて(5)の場面に戻り、グーズベリーの網にがんじがらめになっているピーターです。ここはほぼ完成形のテキストですが、「got cought fast by the large buttons on his jacket.」の1ヵ所だけ、「got caught 引っかかった」だけでも充分なところに「fast 動かない、しっかりした、ぐらつかない」とあり、「運悪く、グーズベリーの木にかけてある網に飛び込み、ジャケットの大きなボタンが引っかかり抜けなくなってしまいました」と、ピーターのどういう状況かをテキストが伝えています。私家版と商業版は「fast」は削除されました。この場面の最後のテキスト「その青いジャケットは真鍮のボタンがついてまだ新しかったのに。」とあります。この部分は、私家版、商業版でお母さんが「ピーターは2週間の内にジャケットを2着も失くして」につながる部分ですが、絵手紙にはその部分がありません。

余談ですが、「brass buttons」の「brass 真鍮」は、当時のイギリスで金色に輝くようピカピカに磨かれたことから、日本語訳は「金色ボタン」と表現されています。

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 次の場面(6)、「ピーターはもうだめだと思って大きな涙を流しますが、スズメが励ましてくれる」部分は絵手紙にはありません。グーズベリーの網に引っかかって、マグレガーさんが「basket バスケット」をポーンと被せようとします。私家版と商業版は、バスケットではなく「sieve ふるい」に変更されました。ここのテキストの「p」の破裂音が連続する部分「which he intended to pop on the top of Peter~」は、絵手紙の時点で既に思いついていて、このフレーズがあるからこそ主人公は名前がピーターでなければいけなかったのではないかと思えるほどです。もし最後がベンジャミンでしたら、文章が引き締まりませんものね。さらに「pop on the top of Peter~」を、私家版、正式版では、「pop upon the top of Peter」と意味は同じですが、文章を読むのがさらに楽しくなる工夫もこらしています。

 マグレガーさんは、バスケットを見当でポンとピーターの上にかぶせようとしましたが、ピーターは「wriggled out just in time~ ちょうどその時ごにょごにょと体をくねらせて」何をしたかと言いますと、「leaving his jacket behind, ~ ジャケットを後ろに脱ぎ捨て逃げ出しました。」となります。そして、なんと出口を見つけて木戸の下からくぐり抜けて無事に家に帰りました。私家版と商業版は、次に納屋へ逃げ込み、じょうろに隠れて、ドアを見つけたけれど太ったウサギが抜け出る隙間はなく、さらにマグレガーさんのネコがいてと後半の盛り上がる部分ですが、そういった部分は絵手紙にはありません。畑から逃げ出す木戸の上にピーターに頑張って逃げるようにと励ましてくれたスズメ3匹は、商業版で追加されました。

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 次の場面(7)、マグレガーさんは案山子にピーターのジャケットと靴を「hung up 引っ掛けました」。その理由は、「frighten the blackbirds クロウタドリを怖がらせる、脅かして追っ払う」ですが、逆にジャケットを着た案山子はクロウタドリを引き寄せます。その数はちょうど5羽です。

 ピーターはその晩、具合が良くありませんでしたの後に、「in consequence of overeating himself 食べ過ぎが原因で具合が悪い」とその理由があります。私家版ではさらに詳しく「in consequence of having eaten too much in Mr. McGregor's garden. マグレガーさんの畑でたくさん食べ過ぎたのが原因で」と書きました。しかし、商業版はどうして具合が悪くなったかというその理由を削除しました。その代わり、巣穴の中の様子「nice soft sand on the floor of the rabbbit-hole 巣穴の床の土はとっても居心地の良く」や、お母さんの気持ち「ピーターが2週間の間に服と靴を失くしたことをどうしたのでしょう」と、お薬を作る挿絵を追記しました。私家版と商業版で口絵にしたお薬を飲ませる絵の部分は、絵手紙だけおはなしの順番通りに配置されています。この絵をノエルに見せたいがために、ピーターは具合が悪くならなければならず、「お母さんの言いつけを守ってお薬をのみなさいよ、ノエル」というビアトリクスの気持ちがこめられた絵なんだろうなというのが伝わってきます。

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 そして最後(8)、「フロプシーとモプシーとカトンテールは、パンと、ミルクとブラックベリーを夕食に食べました。」とありますが、絵手紙にはお母さんがパンを買いに行くというテキストも絵もありません。ですから、私家版と商業版でお母さんがパン屋で購入してきたパンというのが分かります。それから最後のこの絵も、私家版、商業版と違っています。

 前回の記事その1で、モプシーとカトンテールの動きがシンクロすると書きましたが、それから推察しますと絵手紙は、左からモプシー、カトンテールとフロプシーとなります。私家版と商業版は、左からフロプシー、モプシー、カトンテールとなります。フロプシーはお姉さんだから妹たちの面倒をみなくてはいけない。フロプシーの横にブラックベリーのバスケットがあるのはそういう理由なのかなと思います。そんな個々の性格まで観察すると伝わってきますね。こういう観察力は子供の方が得意だと思われます!!

 そしてお手紙ですから「The End」とする代わりに、ピリオドの後に少しブランクを設け、「I am coming back to London~」と続けています。「私は来週の木曜日にロンドンに戻りますので、あなたにすぐに会えると思います。それに生まれたばかりの赤ちゃんにもね。ノエルへ愛をこめて。ビアトリクス・ポター」で、この絵手紙は終わります。

 案山子の下に描かれた5羽のクロウタドリは、1893年9月4日の時点で、ノエル家の子供たち、長男ノエル(5歳)と、次男エリック(4歳)と、長女マージョリー(3歳)と、次女ウィニフレッド(2歳)と、生まれたばかりの三女ノーラ(1893年7月13日生まれ)と、この5人の子供たちを意識して描いたのでしょうか?そして子供たちはそれに気がついたでしょうか?

 たった1人の病気の少年に送られた手紙は絵付きの物語で、「ビアトリクスは何を書いて良いか分からないので、4匹の小ウサギの話をしましょう」と始めました。そんな絵手紙から8年後の1901年12月に私家版を自費出版し、その翌年の10月に商業出版されました。9月4日は、確かにピーターラビットの誕生日ですが、誕生日を祝うだけではなく、改めて絵手紙と、出版された『ピーターラビットのおはなし』とを見比べて、その完成度の高さに作者をリスペクトするそんな一日にしてもらいたいなぁと思います。

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 今年は絵手紙が書かれてから130周年の記念年です。絵手紙は、1993年に出版された『復刻版 ピーターラビットの絵本 ―ピーターラビット生誕100周年記念―』福音館書店のセットの中にレプリカが入っています。

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私が掲載したポストカード画像は「Post Card Wallet & Postcards(8 postcards and Facsimile of original letter」(1992年)から、前回の記事は絵手紙をそのまま復刻したものを掲載しましたが、今回は絵手紙を1枚ずつ切り離しポストカードにしたものを掲載しました。またダラダラと書いてしまいました。誤字脱字、読みづらい点などご了承ください。次は、私家版について書いてみたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。
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ピーターラビットの生みの親ビアトリクス・ポターの研究家で、作品について、開催されたピーターラビットのイベントやグッズ紹介、ピーターラビットの故郷英国について紹介するホームページ「ラピータの部屋」のブログです。
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